愛欲の罪 ・ 今昔物語 ( 14 - 26 )
今は昔、
河内の国丹比郡(タジヒノコオリ・現在の大阪府松原市周辺あたり)に丹治比経師(タジヒノキョウジ)という者がいた。
姓は丹治比氏で、住まいは丹治比郡である。このことから、名を丹治比の経師という。経を書写して生計を立てていた。
さて、白壁の天皇(光仁天皇)の御代に、その郡の中に一つの寺があった。野中の寺(現存しているらしい)という。
その里に、願を立てた人がいて、宝亀二年(771)という年の六月に、その丹治比の経師を招いて、かの野中寺において法華経を書写し奉ろうとした。
そこで、その辺りの女たちがその寺にやって来て、仏縁を結ぶために、清らかな水を汲んできてこの経を書く墨に加えた。その時、にわかに空がかき曇り、夕立が降ってきた。未申(ヒツジサル・午後二時から四時の頃)の頃である。
女たちは雨が上がるのを待つ間お堂の中に入った。堂内はとても狭いので、経師も女たちと同じ所にいた。そうしているうちに、経師は一人の女を見て、たちまち愛欲の心が起こってきて、欲情を押さえることが出来ず、うずくまって女の背中に取りつき、女の着物の裾をまくり上げて情交を遂げた。男根が女の体に入って行く間、手で抱きかかえていたが、突然、経師も女も共に死んでしまった。女は口から泡を吹き出していた。
これを見た人は、この二人を憎みさげすんで、すぐさまお堂から担ぎ出して、「これは、あきらかに仏法護神が罰せられたものだ」と、一同はののしり合った。
これを思うに、経師がたとえ欲情が盛んに起こり胸を焦がすような思いをしたとしても、経を書き奉っている間は思い止まるべきである。それなのに、愚かな行いで命を棄ててしまった。また、経師がそのような心を起こしたとしても、女はすぐに同意したりすべきでない。
この二人は、寺を穢し経を信じなかったので、たちまち罰を受けたのである。
現世で罰を受けることはこのようなものである。いわんや、後世での罪はどのようなものであろうかと、人々は悲しみ合った、
となむ語り伝へたるとや。
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