雅工房 『 日々これ好日 』

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2010-08-01から1ヶ月間の記事一覧

表紙

う つ せ み 全12回

うつせみ   第一回

『 うつせみ 』 人は生きてゆく中で、予期せぬ出来事を経験してしまう。 夢であって欲しいとか、早く忘れてしまいたいといった思い出の一つや二つは誰にでもあるだろう。それらは、悲しいことや、悔しいことや、恥ずかしいことなどに繋がっていて、嬉しいこ…

うつせみ   第二回

( 二 ) 飯島が「あわじ」を再訪する機会は意外に早くきた。 歓迎会の日から十日ばかり経った頃、取引先の接待の後の流れで「あわじ」で飲み直すことになった。青山と営業部次長の大井と飯島の三人だった。 最初の時と同じように、青山とホステスたちとのに…

うつせみ   第三回

( 三 ) 飯島が大阪での生活を始めて半年が過ぎた。 その夜も、店が終わるのを待って美沙子をタクシーで自宅まで送っていった。 二か月ほど前から、週に一度はタクシーで送るのが習慣のようになっていたが、アパートの近くで美沙子だけ降ろすのが常だった。…

うつせみ   第四回

( 四 ) 飯島が岡島真沙子と出会ったのは、彼が二十六歳の時だった。 南東商事に勤務して三年余りが経ち、商社という仕事にも大分慣れて、ぼつぼつ一人前の仕事が与えられるようになった頃である。 南東商事は、その設立の経緯からして、古くからの商権をベ…

うつせみ   第五回

( 五 ) 飯島は強引なまでにして真沙子に近づきはしたが、交際が始まった後は一転して慎重な行動ぶりだった。会うのは夕食を共にする時にほぼ限られていて、休日に食事に誘うこともあったが、真沙子に他の予定がありそうな気配を感じると即座に誘いを取り消…

うつせみ   第六回

( 6 ) 二人の別れの発端は、飯島が偶然耳にした風評からだった。 それは、真沙子が食品問屋の社長とただならぬ仲であるという噂だった。 江戸川物産の営業社員から聞かされた話だったが、飯島とて最初は苦笑するだけで聞き流していた。しかし、それが単な…

うつせみ   第七回

( 七 ) 美沙子と初めて会った時点で、彼女は真沙子の娘に違いないと飯島は確信していた。 世間にはよく似た人はいるものである。飯島が真沙子と交際していたのは、二十五年も昔のことで、それも、一年に満たない期間だった。その後は一度も会ったことがな…

うつせみ   第八回

( 八 ) まず、美沙子の仕事を変えさせることにした。 「あわじ」のママの智子とは円満に話をつけることが出来た。ホステスの仕事から足を洗うというのが条件だったが、飯島と美沙子との関係がただならぬ様子なのを承知しており、難しい問題にはならなかっ…

うつせみ   第九回

( 九 ) 飯島の心の中では密かな葛藤が続いていたが、美沙子にとっては夢のような日が続いていた。 美沙子にも、このような住居での生活を夢見たことはあった。母親との生活、愛されていると思った人との生活・・・、しかし、それらの夢は、あるものは儚く…

うつせみ   第十回

( 十 ) 美沙子は母の故郷に向かっていた。 母が残していった使い古したスーツケースと僅かなお金が彼女の全財産だった。 母の故郷は信州だった。八ヶ岳の懐に抱かれたような小さな村だった。 美沙子は子供の頃に、母に連れられて何度か訪れたことがあった…

うつせみ   第十一回

( 十一 ) 必死に考えたとはいえ、たった一晩の思案だけで大阪に向かった美沙子は、幸いにも、大阪駅から近い裏町の食堂に住み込みでの働き口が見つかった。着の身着のままに近い美沙子に、経営者の老夫婦は特別に素性を糺すようなこともなく雇ってくれた。…