2021-01-01から1年間の記事一覧
『 行く年も来る年も 』 紅白歌合戦が 始まっています 今年も あと四時間足らず いろいろな事が ありすぎるほどだった一年も 間もなく除夜の鐘に 送られて行き 新しい年は ごくさりげなく 私たちに時間を与えてくれる 悲しみも苦しみも含んだうえの 時間だが…
『 ふるさとへ向かう人々 』 ふるさとへ向かう人々の姿が 報道されていた 交通機関や高速道路の 混雑のピークは 昨日と今日あたりだそうだ 報道されている限り 昨年よりかなり混雑しているようだ 制約の多い中ではあるが ふるさとへ向かう人々の姿は やはり …
『 第六波 始まったか 』 新型コロナウイルスの感染拡大 どうやら 第六波が始まった模様 まだ全国的というわけではないが 感染者の多い都道府県では 増加傾向にあるのは確実だ オミクロン株が 心配されているが むしろ デルタ株で新規感染者が増えている方が…
今昔物語 巻第十五 ご案内本巻は全体の中の位置付けは 本朝付仏法 です。全五十四話から成り立っていますが、その多くは 僧尼を中心とした極楽往生といった仏教賛歌的なものですが、物語としても楽しめる物が多く含まれています。
浄土への道 ・ 今昔物語 ( 15 - 1 )今は昔、元興寺(ガンゴウジ・奈良にあった大寺)に智光・頼光(チコウ・ライコウ・・共に実在の人物)という二人の学僧がいた。長年この二人は、同じ僧房に住んで修学していたが、頼光は老境に至るまで怠けていて学問もせず、話をす…
見事な往生 ・ 今昔物語 ( 15 - 2 )今は昔、元興寺(ガンゴウジ・奈良にあった大寺)に隆海律師(リユウカイリッシ・815-886。律師は僧官の一つ。僧正・僧都・律師の順。)という人がいた。俗称は清海氏(キヨウミシ)、もとは摂津国の河上(実在地不詳)の人である。幼い頃…
臨終に音楽を聞く ・ 今昔物語 ( 15 - 3 )今は昔、東大寺に戒壇の和上(カイダンノワジョウ・戒を授ける和上(和尚に同じ)。東大寺では別当に次ぐ要職。)である明祐(ミョウユウ・878-961)という人がいた。この人は一生の間、持斉(ジサイ・食事に関する戒律を保つこと。…
火の車を追い返す ・ 今昔物語 ( 15 - 4 )今は昔、薬師寺に済源僧都(サイゲンソウズ・(882-964) 後に薬師寺別当。)という人がいた。俗称は源氏(ミナモトノウジ)。幼くして出家し、薬師寺に住んで、[ 欠字。師僧名が入るが未詳。]という人を師として法文を学び、優…
極楽往生を伝える ・ 今昔物語 ( 15 - 5 )今は昔、比叡山の定心院(ジョウジンイン・比叡山東塔南谷の一院。)という寺の十禅師(ジュウゼンジ・宮中の内道場に奉仕して、天皇の安泰を祈念する十人の高僧。)である成意(ジョウイ・伝不詳)という僧がいた。心が清らか…
瘤ゆえの極楽往生 ・ 今昔物語 ( 15 - 6 )今は昔、比叡山の東塔に一人の僧がいた。首の下に瘤(コブ)があり、長年の間、医師(クスシ)の教えに従って、医術をもって治療にあたってきたが治癒しなかった。そのため、衣の襟でその所を覆い隠していたが、やはり気…
念仏ひとすじに ・ 今昔物語 ( 15 - 7 )今は昔、三井寺の北に梵釈寺という寺があった。その寺に兼算(ケンザン・伝不祥)という僧が住んでいた。心に瞋恚(シンイ・怒り恨むこと。仏教では善心をそこなう三毒の一つとする。)を起こすことが全くなく、諸々の人を見…
念仏三昧 ・ 今昔物語 ( 15 - 8 )今は昔、比叡山の横川(ヨカワ・東塔、西塔とともに比叡山三塔の一つ。)に尋静(ジンジョウ・伝不祥)という僧がいた。生まれつき心に邪見(ジャケン・よこしまな考え方。)がなく、正直で、物惜しみすることなく欲深い心がなかった…
弥陀如来の使者 ・ 今昔物語 ( 15 - 9 )今は昔、比叡山の定心院(ジョウジンイン・比叡山東塔南谷の一院)という寺の供奉の僧で十禅師(ジュウゼンジ・宮中の内道場に奉仕し、天皇の安泰を祈念する十人の高僧。)である春素(シュンソ・伝不祥)という僧がいた。幼い時に…
弥陀の助けを求める ・ 今昔物語 ( 15 - 10 )今は昔、比叡山の[ 欠字。「東塔」らしい。]に明清(ミョウジョウ・明請が正しいらしい。)という僧がいた。俗称は藤原氏。幼くして比叡山に上り、出家して[ 欠字。師僧名で、「智淵」らしい。]という人を師として…
極楽往生の人 ・ 今昔物語 ( 15 - 11 )今は昔、比叡の山の西塔(サイトウ・東塔、横川とともに比叡山三塔の一つ。)に仁慶(ニンキョウ・伝不詳)という僧がいた。俗称は[ 欠字あり。氏名が入るが不詳。]の氏。越前国の人である。幼くして比叡山に登り、出家して住…
法華経の功徳 ・ 今昔物語 ( 15 - 12 )今は昔、比叡の山の横川(ヨカワ・東塔、西塔とともに比叡山三塔の一つ。)に境妙(キョウミョウ・伝不詳)という僧がいた。俗性は[ 欠字あり。氏名が入るが不詳。]氏、近江の国の人である。幼くして比叡山に登って出家し、師…
真言僧浄土へ ・ 今昔物語 ( 15 - 13 )今は昔、石山(石山寺。現存している。)という所がある。東寺(現存している。正式には、教王護国寺。)の末流の寺で、真言の教えを崇めている寺である。その寺に、真頼(シンライ・生没年未詳。真言宗の僧。)という僧が…
末世に入っても ・ 今昔物語 ( 15 - 14 )今は昔、醍醐(ダイゴ・醍醐寺のことで現存してる。)に観幸入寺(カンコウニュウジ・伝不詳。似た名前の人物はいるらしい。)という僧がいた。幼くして出家して、仁海僧正(ニンカイソウジョウ・第二十三代東寺長者。第六十二代東大…
門付け乞食 ・ 今昔物語 ( 15 - 15 )今は昔、比叡山の東塔(比叡山三塔の一つ)に長増(チョウゾウ・伝不詳)という僧がいた。幼くして山に登って出家して、名祐律師(ミョウユウリッシ・伝不詳。よく似た人物あるもよく分からない。)という人を師として、顕密(ケンミツ・…
弥陀の和讃を誦す ・ 今昔物語 ( 15 - 16 )今は昔、比叡の山の[ 欠字あり。「西塔」らしい。]に千観内供(センカンナイグ・983没。著作もある人物。)という人がいた。俗姓は橘氏である。その母は、はじめ子が無く、密かに心を込めて観音に子を授けてくれるよう…
ひたすら極楽往生を願う ・ 今昔物語 ( 15 - 17 )今は昔、法広寺(ホウコウジ・伝不詳)という寺があった。その寺に平珍(ビョウヂン・伝不詳)という僧が住んでいた。幼い時から修業を好み、いつも山林に入ったり、あらゆる霊場を訪れた。このように終業して年月を…
自ら墓穴に入る ・ 今昔物語 ( 15 - 18 )今は昔、播磨の国、賀古の郡(カコノコオリ・兵庫県加古郡)の蜂目の郷(ハチメノサト・未詳)に増祐(ゾウユウ・伝不詳)という僧がいた。幼くして出家して、故郷を去って京に行き、如意寺(ニョイジ・不詳も、京都の東山辺りらしい)…
夢のお告げ ・ 今昔物語 ( 15 - 19 )今は昔、陸奥の国、新田の郡に小松寺(現存の古刹)という寺があった。その寺に玄海(ゲンカイ・伝不詳)という僧が住んでいた。はじめのうちは妻子とともに世間並みの生活をしていた。その後、妻子から離れ世間を棄てて、こ…
現身のままでの往生 ・ 今昔物語 ( 15 - 20 )今は昔、信濃の国、高井の郡の中津村に如法寺(未詳)という寺があった。その寺に薬蓮(ヤクレン・伝不詳)という沙弥(シャミ・仏門に入って剃髪し得度式を終えたばかりで、まだ具足戒を受けていない見習い僧。)の僧が…
『 母を極楽に送る ・ 今昔物語 ( 15 - 21 ) 』 今は昔、大日寺という寺に広道(コウドウ・伝不詳)という僧がいた。俗姓は橘氏である。数十年の間、極楽に往生したいと願って、世間の事には目を向けることなく過ごしていた。ところで、その寺の近くに老婆が住…
『 盗賊から聖人へ ・ 今昔物語 ( 15 - 22 ) 』今は昔、雲林院(ウリンイン・京都市北区に所在した寺。)という所に、菩提講を初めて行った聖人がいた。もとは鎮西(チンゼイ・九州)の人である。名高い盗人だったので、捕らえられて獄舎に七度入れられたが、七度目…
『 準備万端の往生 ・ 今昔物語 ( 15 - 23 ) 』今は昔、丹後の国に聖人がいた。極楽に往生したいと願う人は世間に大勢いるが、この聖人は特に強く願っていた。十二月の晦日(ツゴモリ)になって、『今日(元旦を指す)の内に必ず極楽に来い』という手紙を書いて…
『 千日講での不思議 ・ 今昔物語 ( 15 - 24 ) 』今は昔、鎮西(チンゼイ・九州)の筑前の国に観音寺という寺があり、その近くに極楽寺という寺があった。その寺に、人々に勧めて千日講(千日間続けて行う念仏講。)を行う聖人がいた。すでに講が始められ、それ…
『 極楽からの筏 ・ 今昔物語 ( 15 - 25 ) 』今は昔、摂津国嶋の郡(実在しない。誤記か?)の箕面の滝の下の方に大きな松の木があった。その木の下で、一人の修業の僧が野宿していると、八月十五日の事であったので、月が非常に明るく空は晴れて辺りは静か…
『 念仏ひとすじ ・ 今昔物語 ( 15 - 26 ) 』今は昔、摂津国の嶋の下の郡(この郡名は存在しない。誤記か?)に勝尾寺(カチオデラ・箕面市に現存する。)という寺があった。その寺に、勝如聖人(ショウニョ ショウニン・証如とも。(781-867) 勝尾寺第四代座主。)という…