2015-06-01から1ヶ月間の記事一覧
『 二 条 の 姫 君 』 序の章 懸命に生きた女性からの贈り物 これは、混乱の鎌倉末期を懸命に生きた女性の記録でございます。 物語の中心となる舞台は後深草院の御所であり、絢爛豪華な王朝文化のまっただ中であります。 しかし、時代は混乱の時期にさしかか…
第一章 十四歳の春 第一章 ( 一 ) 霞立つ初春の朝(アシタ)が、物語の始まりでございます。 新年の朝、まだ明けやらぬうちから、後深草院の御所には女房たちが数多出仕されてきています。 いずれも、今朝の晴着は何日も前から選びぬいたものなのでしょう…
第一章 ( 二 ) 拝礼などの公式の儀式が終り、二条の姫君は自室にお下がりになられました。 すると,程なくして、あの御方からのお手紙が届きました。 「昨日の雪も今日よりは跡踏みつけむ、行く末」などと書かれています。 つまり、「昨日降り積もった雪に…
第一章 ( 三 ) 一月十五日の夕方、「河崎よりお迎えに」と使者がお見えになりました。姫さまのご実家からのお迎えです。 いつもより早いようで、姫さまは少しご不満のようでしたが、待たせるわけにもいかず急いで御所を退出いたしました。 ご実家に帰って…
第一章 ( 四 ) 御所さまの到着や御父上のご心配など、姫さまは露知らず、襖(フスマ)近くに置かれている炭櫃に寄りかかっておられましたが、もう一枚衣を被って横たわると、ほどなく眠ってしまわれておりました。 姫さまのいつも通りの寝姿でございます。…
第一章 ( 五 ) 御所さまはお帰りになられたとお知らせしましたが、姫さまは御衣を引き被った同じ姿のままで起き上がろうとなさいません。 しばらく経った頃、誰かが「お手紙が届きました」とお声をかけましたが、どうもご機嫌はよろしくないようです。 大…
第一章 ( 六 ) その日姫さまは一日中部屋から出ようともせず、お湯などにさえ見向きもされませんので、大納言家の方々は「これは、別の病気ではないだろうか」などと心配されておられました。 そして、その夕方頃、「御幸」という声が聞こえてきました。 …
第一章 ( 七 ) 姫さまの母方の叔父にあたられる善勝寺の大納言殿が、縹色(ハナダイロ・薄いあい色)の狩衣といったお姿で牛車を横付けされました。 殿上人は、中御門為方殿がただ一人伺候されていました。他には、北面の武者二、三人、召使いなどで、御車…
第一章 ( 八 ) 二条の姫君は、以前と同じように出仕することとなりました。 すなわち、身分は上臈女房ですが、四歳の頃から御所さまから可愛がられており、まるで御所さまの姫さまと思われるような他の女房方とは少し違うお立場だったのです。そのことは、…
第一章 ( 九 ) 初秋の頃、御所さまの御正妃東二条院さまのお産が、角の御所でなさることになりました。 二条の姫君も女房のお一人として伺候されておりましたが、御歳も四十歳と少しご高齢ですし、これまでのお産でも難産だったことから、お世話の方はじめ…
第一章 ( 十 ) 東二条院さまが御出産された御子は、この度は姫宮でしたが、祖父の法皇さまは特別可愛がられていらっしゃいました。 この法皇さまと申し上げますのは、第八十八代の後嵯峨天皇のことでございますが、後深草上皇並びに現亀山天皇の御父上で、…
第一章 ( 十一 ) 二月の初め頃になりますと、法皇さまの御病状は、もう時間の問題というご様子でありました。 九日には、幕府の京都の長官である南・北の六波羅探題がお見舞いに参上されました。お見舞いのご様子は、関東申次の要職にある西園寺実兼大納言…
第一章 ( 十二 ) ところで、二条の姫君の御父上である久我大納言殿は、たびたび大宮院や御所さまに出家のための辞任をお願い申し上げましたが、「考えていることがある」ということで、お許しが出ませんでした。 他の人より深い悲しみを抱いておられたから…
第一章 ( 十三回 ) 五月という月は、人々の袖に露がかかる時候ですが、それ故でしょうか、久我大納言殿の嘆きは一層深く秋以上に露が袖を濡らす日々を送っておられました。 一夜とて空しく独り寝はしないとされていた御方なのに、そのような女性とのことも…
第一章 ( 十四 ) 七月の二十日頃には、大納言殿の容態は大分落ち着かれまして、今すぐどうということはない様子なので、姫さまは御所に出仕なさいました。 姫さまご懐妊のことはすぐ皆さまにも伝わり、御所さまも特別な計らいを示されるようになりました。…
第一章 ( 十五 ) 御車を建物に寄せる音が聞こえて来ましたので、姫さまも急いでお迎えに出られました。 御供は僅かに北面の武者二人と殿上人一人だけで、御所さまのお姿も目立たない地味な装束をなさっておられます。 二十七日の月が、ちょうど山の端を分…
第一章 ( 十六 ) 八月二日、早くも善勝寺大納言殿が、「御帯です」と言ってお持ちになられました。 「御所さまが、『服喪姿ではなく参れ』と仰せ下さいましたので」 と、故法皇さまの服喪中に関わらず、直衣姿で、前駆の武者たちもきらびやかな晴れ姿でや…
第一章 ( 十七 ) すっかり明るくなった頃、大納言殿が、 「聖(ヒジリ)を呼びに行かせよ」 と仰せになりました。 七月の頃に、大納言殿は、八坂の寺の長老をお呼びになられて、剃髪し、五戒を受けて、蓮生という法名を受けられていて、この長老を引導僧に…
第一章 ( 十八 ) 御父上の亡骸から離れようともされない姫さまは、このまま朽ち果てるまでも見守りたいとさえ申し出られましたが、そのようなことがゆるされる道理もございません。 八月四日の夜、神楽岡という山に野辺の送りがなされました。 荼毘の煙は…
第一章 ( 十九 ) 二条の姫君の御父上が秋の露と消えた朝は、あちらこちらから、御所からのご弔問の使者を始め、雲の上の方々はすべて、訪れない人はなく、また使いをお寄せにならない人もいなかったのですが、故大納言殿の甥にあたる基具の大納言殿ただ一…
第一章 ( 二十 ) 四十九日には、二条の姫君の異母弟であられる雅顕少将殿が主催される仏事がございました。 河原院の聖が、いつものように「鴛鴦の衾の下、比翼の契り・・」という言い古された偈を唱えて仏事は終りましたが、その後で、姫さまは故御父上に…
第一章 ( 二十一 ) 十月十日過ぎの頃でしたでしょうか、あの御方からの使いが参りました。 「日を置かずにお手紙を差し上げたいのですが、御所からの御使者などと鉢合わせをして、『どうも変だ』などと御所さまのお耳に達すれば大変だと思い、ついつい心な…
第一章 ( 二十二 ) 秋の夜は長く、忍び逢うお二人を積り重ねてきた想いが包み込んでおりました。 雪の曙殿は、夜もすがら積る想いのあれこれを姫さまに語り続けておりました。 いつの間にか、横たわる姫さまにぴったりと身を寄せて、その耳元に切なく過ご…
第一章 ( 二十三 ) 日が暮れますと、今宵は夜も更けないうちに雪の曙殿が訪れて参りました。 姫さまは、今宵のご訪問は予期したことでしたが、同時にそのようなご自分の気持ちが空恐ろしくも感じられ、初めてお迎えする時のように緊張のご様子でした。 こ…
第一章 ( 二十四 ) 今頃、それも門を激しく叩いて訪れるのは誰なのかと姫さまは息をひそめておられました。 「陪膳(ハイゼン・天皇の食事に給仕役として伺候すること)のお役が終わるのが遅くなって」 などという声が聞こえてきます。仲頼殿が参ったよう…
第一章 ( 二十五 ) このようにして、姫さまと雪の曙殿との逢瀬はその数を重ねてゆきました。 その度ごとに姫さまのお気持ちは傾いてゆき、いよいよ御所へのご出仕は決断できないようになっておりました。 そして、十月二十日の頃、姫さまの母方の祖母に当…
第一章 ( 二十六 ) 醍醐の勝倶胝院(ショウクテイイン・下醍醐にあった念仏道場)の真願房と申される尼僧は、姫さまとはゆかりのあるお方ですので、出掛けていって法文をお聞きしたいと思い立たれました。 「煙をだにも」などと古歌にもありますが、せめて…
第一章 ( 二十七 ) 今年もはや残り三日ばかりとなった夕方のことでございます。 姫さまは、いつも以上にもの悲しげでいらっしゃいました。そのご様子を察したのでしょうか、房主の尼殿がお誘いくださいました。 「これほどゆったりとした気持ちでいること…
第一章 ( 二十八 ) 雪はまるで格好の言い訳を提供するかのように、山の峰も庵の軒端も一つになってしまうほどに降り続きました。 一晩中吹き荒れていた風の音はおどろおどろしいほどで、夜がすっかり明けた頃になっても、雪の曙殿は起き上がろうともなさい…
第一章 ( 二十九 ) 大晦日には、「これから迎春という時に、このような山深い住まいはよろしくない」などと言って、乳母たちが無理矢理やって来ましたので、姫さまも強くは拒むこともできず、姫さまは都に戻り、そして、新年となりました。 なお故法皇殿の…