2010-02-01から1ヶ月間の記事一覧
遥 か な る 友 よ
( 一 ) 昭和も残り少ない年の初秋のことである。 私が富沢氏とお会いするのは五年ぶりであった。 その間にも、年賀状や挨拶状などの交換のほかに二度ばかり電話で声をお聞きしたことはあったが、直接お目にかかるのは実に久しぶりであった。 私が富沢氏を…
( 二 ) 富沢氏は、かつて私の上司であった。 長いサラリーマン生活を通じて多くの上司に仕えてきたが、富沢氏こそが私が最も尊敬する上司だった。 富沢氏は、サラリーマンとして順調な昇進を果たされた方であるが、ずば抜けた昇進をしたとかトップクラスを…
酒の席にかかわらず、富沢支店長は若輩の私に対して熱心に話し続けてくれていた。 ただ、当時の私には戸惑いのようなものも強かった。資本主義の社会である限り企業はそれぞれが自分の会社の利益を最優先にして競い合っていくことが当然で、「お前はどちらを…
営業課の管理職二人がぎくしゃくしている中で、私たち平社員全員が課長代理に付いていた。 課長とよりも付き合いが長い分気心が通じていたし、間違いなく実戦に強く細かなことを言わない頼りになる上司であった。 私はアンチ課長の先頭に立っている方である…
( 三 ) 富沢氏の話。 ** 我々は、当時の満州国の北部、ソ連との国境近い地で第二次世界大戦の敗戦の日を迎えていた。 情報は混乱していた。 偵察に出ていた我々の小隊が、伝令の将校から戦闘停止の命令を受けたのは、その日の夕刻であった。 わが帝国が…
富沢氏の話は続く ** 二日後、我々はその集落のようにも見える基地を離れた。 そこで編成された我々の隊ともう一隊とが、軍用トラック一台と十人ほどのソ連兵の監視の下で行軍を始めた。 二百人の日本人捕虜たちは、誰もが不安を抱きながら、口数少なく歩…
( 四 ) 労働収容所の生活が始まった。 我々が到着すると、すぐに全員に対して健康チェックのようなことが行われた。 全員が素裸にされ、軍医らしい者に一人一人尻を捻じられた。男か女か判断がつかない大柄な軍医は、尻を捻じると甲高い声で叫び、その声に従…
それは、最初の冬の最も辛い時期であった。 二月の上旬頃であったと思うが、私の小隊で小競り合いが起こり、私はその責任を問われた。小競り合いの原因は、焚火にあたる場所の取り合いからである。 収容所における我々の作業は穴掘りであった。 来る日も来る…
私は、立ったまま眠りに誘われていた。 身体が大きく揺らぎ、私は我に返った。途切れかけていた神経も戻ったのか、思いだしたかのように身体が震えだした。 私は、また歩き始めた。 子供の頃走り回った、野や畑の輝くような景色を想い浮かべながら歩いた。空…
( 五 ) 富沢氏が逝去されたのは、私が昼食をご一緒させていただいた日から、ひと月後のことである。 私は、その日の夕方に、東京に住んでいる同僚から富沢氏の訃報を受けたが、大阪に勤務していたこともあって、通夜にも葬儀にも出席することができなかっ…