2015-07-01から1ヶ月間の記事一覧
二条の姫君 第三章 愛憎はあざなえる縄の如く 第三章 ( 一 ) 時は弘安四年(1281)、憂きことも、愛憎も積み重ねながら、いつしか二条の姫君も二十四歳の春を迎えておりました。 変わらぬ美貌は、さらに妖艶ささえ加え高貴な方々をますます惹きつける女性に…
第三章 ( 二 ) 御所さまが御部屋に入られましたので、法親王はさりげない様子に取り繕われましたが、絞り切れないほどの涙は、包み隠すべきお袖に残っていて、御所さまのお目に止まらぬはずがありません。 姫さまのお心の内を思えば、それはそれは心配でご…
第三章 ( 三 ) 御所さまのお話を、姫さまは涙ながらに聞いておられましたが、瞬く間に時間は過ぎてゆきました。 「今日より御修法が始まる」ということで、御壇所の設営に大騒ぎとなりましたが、姫さまのお心はなお重く、そのお心が顔色にも少し表れておら…
第三章 ( 四 ) 姫さまが思い悩まれているうちに、早くも夜は明けてしまいました。 姫さまのお心はなお定まらないままに、そうとは申せ御前のお役に参上しなければなりません。 お役に付いておりますと、御所さまがお姿をお見せになられました。ちょうど辺…
第三章 ( 五 ) 御所さまの姫君のご病気も快方に向かわれましたので、初夜の勤行を最後として法親王は御所を退出なさいました。 後朝の有明の月殿の面影が、やはり姫さまの心に残っているご様子でしたが、お送りした後は思い悩む心をお静めになり、ご自身の…
第三章 ( 六 ) それにしましても、姫さまにとりましては新枕の人とも申すべき、お互いに浅からぬ愛情を抱いているはずの雪の曙殿は、すっかり訪れがなくなっておりました。 いつぞや伏見の御所での近衛の大殿との夢の中の出来事のような情事の後は、それを…
第三章 ( 七 ) 秋の初め頃には、いつ良くなられるのかと心配された姫さまのご気分もすっかり回復されたご様子でした。 「男を近づけぬ結界でも引いたのかな。阿闍梨はそなたが身重になっていることを知っているのかな」 などと御所さまが申されるのに、 「…
第三章 ( 八 ) 夜中も過ぎました頃、御所さまからお召しがありました。 早速に姫さまが参上いたしますと、 「かねてから考えていたことを、うまく機会を作り出して、我ながらうまく言い伝えることが出来たと思う。どのような男親であれ女親であれ、これ以…
第三章 ( 九 ) 御所さまの御話しに、姫さまは泣き崩れるばかりでございました。 同時に姫さまは、法親王の決断はあまりにも大きなもので、その事情を直接お聞きしたくもあり、さらに夜更けてから、御所さまの御使いを装って法親王のもとに参りますと、幼い…
第三章 ( 九 ) 御所さまの御話しに、姫さまは泣き崩れるばかりでございました。 同時に姫さまは、法親王の決断はあまりにも大きなもので、その事情を直接お聞きしたくもあり、さらに夜更けてから、御所さまの御使いを装って法親王のもとに参りますと、幼い…
第三章 ( 十 ) 御所さまのお召に、姫さまが早速参上いたしますと、 「今宵はそなたを待っていて、空しい床で一夜を過ごしてしまったよ」 と仰って、まだ御寝所に居られたのです。 「たった今まで、阿闍梨との飽きることのない名残を惜しんできたのだろうな…
第三章 ( 十一 ) 九月の御供花の行事は、いつもより立派に行うということで、早くから大騒ぎになっておりました。 姫さまは、懐妊中の身であり遠慮すべきだとお考えになり、お暇をいただくように申し出られましたが、それほど目立たないから、人数をそろえ…
第三章 ( 十二 ) いつもより物悲しく感じられる夕暮れ時に、由緒ある殿上人のお出でがありました。何方かと出てみますと、楊梅(ヤマモモ)の中将兼行殿でございました。 いつもとは少し様子が違うものですから姫さまにお出まし願いますと、 「急に大宮院…
第三章 ( 十三 ) 夜が更けてゆくにつれて、嵐山の松風が雲居に響く音も物寂しい上に、浄金剛院の鐘の音がここまでも聞えて参るのです。 御祝宴もたけなわの中、御所さまが、『都府楼はおのづから・・・』とかいう朗詠を始められますと、皆さま感興は極まっ…
第三章 ( 十四 ) 「たいそう人が少ないので、御宿直を申し上げよ」 ということになり、姫さまはそのまま宿直されることとなりました。 御所さまと新院の御二人は御一緒にお休みになることになられましたが、こういうことなどめったにないことでございまし…
第三章 ( 十五 ) 「昨日は西園寺大納言殿がお接待役であったのに、今日は景房殿が新院の御代官さながらに並んでいるのは、接待役として格が劣る」 などと仰る方がおいででした。 確かに、景房殿は殿上人に過ぎませんから、西園寺実兼殿と比べるのはお気の…
第三章 ( 十六 ) それからほどなくして、法親王からの御手紙がありました。 ここからすぐ近い所に愛弟子の稚児がいるので、そちらを訪れているのでこちらに参るようにとの御手紙でございました。 姫さまの法親王に対するお気持ちは、なかなかに複雑なもの…
第三章 ( 十七 ) この日の夕暮れには、法親王がお近くまで来られていることを姫さまはお聞きになっておりましたが、出産も間近となりとてもお訪ね出来る様子ではございませんでした。 すると、夜更けてから法親王が訪ねて来られました。 姫さまは、御所さ…
第三章 ( 十八 ) お部屋に入られた法親王は、いつもより頼りなげで、いつものように末々までもの愛情を約束する様子も少しなげやりのように見えました。 「形は世を変えるとともに変わるとしても、お互いに逢うことさえ絶えなければそれでよいと思う。どれ…
第三章 ( 十九 ) 明けゆく鐘の音に忍び泣きの声を添えて、法親王は帰って行かれました。 法親王のあまりにも激しい思いのたけは、姫さまには怖ろしささえ感じるものでございましたが、そうとはいえ、有明の月殿と心に刻んだ御方でもありますだけに、いつも…
第三章 ( 二十 ) 「見果てぬ夢」と愚痴を仰ったり、「悲しさ残る」などとお詠みになられた面影をはじめ、出雲路での憂きことを抱いた別れのままであればともかく、その後の様々な思い出は、姫さまのお心に辛く押し寄せておりました。 その夜は、村雨が降り…
第三章 ( 二十一 ) 御所さまにとっても、法親王は特に親しい間柄でございますから、その御嘆きは一方ならぬものでございましたでしょう。 「それにしても、気持ちは如何か」などと、御手紙をくださいましたが、姫さまには、御所さまのお心づかいが返って心…
第三章 ( 二十二 ) 新年となりましたが、晴れがましいことなどは何もなく、姫さまはなお御袖を濡らす日々が続いておりました。 正月の十五日には、故法親王の御四十九日に当たりますので、姫さまが特別にお願いしていた聖の所へ参られて、御供養に合わせて…
第三章 ( 二十三 ) 四月の中旬頃のことでした。 「格別のことがあるから」と、姫さまに御所さまからのお召がございました。 姫さまは、ご懐妊ということを自覚された後のことであり、とても御所に参られるお気持ちになることができず、水も飲めない状態に…
第三章 ( 二十四 ) この度のご出産は、何としても隠しておきたいことですから、姫さまは、東山あたりの縁ある人の所にお籠りになられました。 特に尋ねてくる人を心配する必要もなく、以前とはすっかり身の上が変わってしまわれたような一抹の寂しさはござ…
第三章 ( 二十五 ) 年が改まり、姫さまも二十六歳の新年をお迎えになりました。 姫さまは、正月の三日に最初の伺候をなさいましたが、今年は悲しいことばかりが数知れないほどございます。 特に御所さまとの関係は以前のようには戻らず、「何々が悪い」な…
第三章 ( 二十六 ) 秋の初めの頃でございました。突然祖父にあたる四条兵部卿隆親殿からお手紙が届きました。 「局などを、一時的ということではなく取り片付けて退出せよ。夜になったら、迎えを遣わすから」 という内容だったのです。 姫さまには何の心当…
第三章 ( 二十七 ) この時の姫さまの御装束は、練り糸の薄物の生絹(スズシ)の衣に、薄(ススキ)に葛(ツヅラ)を青い糸で刺繍したものに、赤色の唐衣という御姿でありました。 御所さまは姫さまの方に視線を向けられますと、 「今宵は、何とご退出にな…
第三章 ( 二十八 ) 石清水八幡宮での七日間の参籠(サンロウ)を終えますと、姫さまはそのまま祇園の社に参られました。 「今となっては、この世に残る思いもないので、三界の家を出でて解脱の門にお入れください」 と、姫さまが願われたお気持ちは本心か…
第三章 ( 二十九 ) 次の年の正月末に、姫さまに大宮院(後深草院・亀山院の生母)から御手紙が届きました。 「北山の准后様の九十の御賀を、この春行おうと思い準備を急いでいる。そなたの里住みも長くなってしまったが、何の不都合なことがあろうか。打出…