雅工房 『 日々これ好日 』

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わが家の庭は大笑い ・ 小さな小さな物語 ( 1761 )

ただいま、わが家の小さな庭は大笑い状態です。
『山笑う』は俳句では春の季語ですが、春の山が新緑で膨れ上がり、笑っているように見えるといった感じなのでしょうか。
わが家の小さな庭も、一年のうちで一番元気な盛りを迎えています。球根類は概ね花が終り、後はユリやダリアを待っている状態ですが、葉の緑はまだ元気いっぱいです。目下のところは、毎年のように、通路といわず花壇といわず思いのままに咲き乱れているノースポールが最盛期ですが、今年の大将はキンギョソウのようです。
数年前に種まきからスタートしたキンギョソウですが、その後はこぼれ種から育った物をあちらこちらに植えているうちに、今年は5か所に華やかな姿を見せてくれています。背丈も私の身長と競争するほどにもなり、赤・橙・ピンク・白と、存在感を増しています。

そうした中で、鉢に植えられた小さな松が、ひっそりと変らぬ姿を見せています。
もう10年以上前になると思うのですが、お正月用の寄せ植えの中にあった松を大きめの鉢に移して植えているものですが、根を止められている上に、何年かに一度は伸びかけた細い根を切り落したり、枝も大きくなりすぎないようにしているものですから、12号ほどの鉢の中でひっそりと年月を過ごしています。
盆栽や松に殆ど興味のないのですが、時々、もう抜こうかと考えることもあるのですが、何だか愛着が出来てしまったのか捨てることが出来ず、どうやら、我が命とともに過ごすことになりそうです。

わが家の庭が笑っていても俳句にはならないでしょうが、『山笑う』というのは実に素敵な季語だと思います。
この言葉は、中国北宋の画家・郭熙(カクキ・ 1023 - 1085 )の画論「臥遊論」から生まれたもののようです。
「 春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠にして滴るが如く、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として眠るが如く 」からで、「山滴る」「山粧う」「山眠る」も、それぞれの季語として詠まれています。
さすがに山水画の大家とされるだけであって、四季の移り変わりを端的に表しているのが、俳句の世界に重宝されたのでしょうねぇ。

さて、いよいよゴールデンウィークが始まりました。
今年は、前半・後半型だそうですが、その間の日も休日として大型連休にしている企業も多いようです。
新幹線も航空各社も大変な混雑が予想されており、すでに交通ラッシュも始まっているようです。ただ、今年は、円安や物価高が生活を直撃していて、少々のベースアップでは補填しきれず、「安・近・短」指向が主力のようです。
『山笑う』が生まれた「臥遊論」の「臥遊(ガユウ)」という言葉は辞書にも載っていて、「山水の画幅を臥しながら見て、その地に遊んだような気持ちで楽しむこと」とあります。
鑑賞すべき山水画などありませんが、現代人としましては、それをテレビに替えて、寝転んで見ながらその地に行ったつもりになって、ゴールデンウィークを満喫するのも一つの方法かもしれませんよ。 

( 2024 - 04 - 27 )