毎年のことですが、お盆が終わった頃は、私にはどうも調子の悪い時期のようです。夏バテからくる体調面の影響もあるかと思うのですが、つい何かと考えさせられることが多い時期です。
子供の頃は、夏休みの残り日数と宿題の量とを突き合わせることに忙しく、いや、まだ三日は遊べるはずだと考えながら、やがて窮地に追い込まれるのが恒例行事になっていましたが、それはそれでなかなかに大変な悩みを抱える時期でした。
さすがに、大人になってからはそのようなことはなくなりましたが、第一、夏休みが無くなってしまったのですから、宿題に悩むこともないのは当然のことです。
その代わりというわけではないのですが、大人とやらを飽きるほどやってきますと、今度はまた違う思いに追い込まれることの多い時期に変わってきました。
八月になると、テレビなどで戦争や原爆被害に関するドラマやドキュメントが放送されることが多く、今年は東日本大地震や原発事故がそれらと重なって、とても重いものに感じられました。
年齢とともに、盂蘭盆会の前後には、何かと考えさせられることも増えてきました。私は、お盆といってもごくありきたりのことしかしないのですが、ふと、考え込んでしまうことがあります。
「私たちは、出会った数だけ、別れなくてはならない」ということは頭では分かっていますし、小説のテーマにしたこともあります。その出会いは、人であれ、動物であれ、植物であれ、景色であれ、思い出であれ、同じことです。
「出会ったものとはいつかは別れる」このごくごく当たり前のことが、私の場合はこの時期に再通知されるようになっているようです。
まあ、文章にしますと若干深刻な感じではあるのですが、よくしたもので、人間は年をふるほどに体力は衰えるものの精神力は強くなるようで、少々の悲しい経験は懐かしい思い出に変えてくれるようです。
もっとも、精神力が強くなったのか鈍くなったのかは、意見の分かれるところですが。
お盆も過ぎたことですから、幾つかの重い思い出は棚上げすることにして、当面の重大事を検討しようと思っています。
ええ、今年、何十年も花や実を楽しませてくれていた姫ザクロが二本とも枯れてしまったのですよ。この別れを受け入れて、新しく植え直すかどうかが、私にとって目下の最重大事なんです。
( 2011.08.19 )