雅工房 『 日々これ好日 』

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哀しい方の人生   第十一回

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敦子と小林省一との出会いは、正月休みの偶然からである。


その頃敦子が勤めていた食堂は、現在の住居より少し京都に寄った街にあった。
そこはサラリーマンなどを客層にしていて、昼間は主に食事を出し、夕方からは居酒屋風に変わる、まあいえば、場末の食堂といった店である。そういった客層から、日曜日が休みで、盆と正月には数日間の休みがあった。


正月二日の午後、敦子は児童公園の休憩所にいた。
その児童公園は、昭和四十年代に開発された大規模な住宅地の一角にあるが、敦子が散歩を兼ねて時々立ち寄る所であった。


児童公園としては規模が大きく施設も立派なものなのだが、敦子はそのことよりも、そこからの眺望が気に入っていた。昭和四十五年に開かれた万国博覧会の会場跡が遠望できるからである。
その跡地の一部は、現在は万博公園として整備され一般に公開されているが、敦子は一度も行ったことがない。


晴れがましい公園など興味がなかったが、万博のシンボルの塔が遠望できるこの場所は好きだった。
天気の良い日などは子供たちがボール遊びなどをしていたが、敦子が立ち寄ることが多い日曜日の夕方には、誰もいないことの方が多かった。この辺りの住宅地も小さな子供が少なくなっているのか、広すぎる設備ががらんとしていることの方が多かった。
敦子は、人けのない静かな公園の休憩所で、ぼんやりと万博公園辺りを見ていることがよくあった。


この日は、途中で買ってきたハンバーガーを遅い昼食として食べるために、この公園の休憩所に寄ったのである。
この辺りで営業している飲食店が少ないこともあって、そのハンバーガの店は混雑していたし、何より、正月らしい飾り付けや雰囲気が敦子には息苦しかった。


敦子は正月が嫌いだった。
働くことが好きなわけではないが、仕事をしている時は一人ではなかった。これまでに何回か勤めを変わってきたが、そのいずれでも親切にしてもらえたと敦子は思っていた。大きな会社に勤めた経験はなく、個人の家や小さな食堂だったから、家族に近い扱いをしてもらえた。今勤めている店も、顔なじみの客もでき楽しかった。


しかし、休みの日は違った。朝遅くまで寝ていられるのは嬉しいが、起きた後は一日中一人で過ごさなくてはならなかった。
敦子は、一人ぼっちが嫌いなのだ。


夜は幼い頃からずっと一人だったので、それほど淋しいとも思わないし、そういうものだと思ってきた。しかし、昼の間も一人で過ごすのは辛かった。
毎年思うことだが、正月が特に嫌いだった。一日中一人で過ごさなくてはならない日が続くからである。テレビを見ても正月用の番組ばかりだし、外に出ても街全体が晴れがましく装っていることが、さらに敦子を正月嫌いにさせていた。


敦子はハンバーガーを取り出した。
一つか二つあれば十分なのだが、それだけ買うのが店の雰囲気に比べて惨めなような気がして、五つも買ってきていた。夜の食事を作るのも億劫なので、残った分を夕食に代用させればよいと考えていた。


朝からどんよりとした天気だったが、その時、パラパラと音を立てて雨が降り出した。雨というより、霰のようなものが混じっている音である。
一分ばかり激しい音を立てた後、突然静かになり細い雨に変わった。雪になる気配はなかったが、冷たそうな雨が煙るように降っていた。


その時、休憩所に若い男が駆け込んできた。
男は敦子に向かって、「ごめん、な」と会釈しながら声をかけると、敦子の居る場所とは反対側の角でジャンパーにかかった雨を手で払った。


「参ったなあ・・・」
男は独り言をつぶやき、敦子の方を見て恥ずかしそうに笑った。


敦子は、食べようとして半分顔を出した状態のハンバーガーを右手に持ったまま、困ったような笑顔を返した。
そして、そのまま食べるわけにもいかず、大きな紙袋の中に入れなおしてから、その中に入っていた紙ナプキンを取り出した。数人で食べるものと思ったのか何枚もの紙ナプキンが入れられていたので、それを男に手渡した。


男は、ピョコンと頭を下げて紙ナプキンを受け取り、顔と頭を拭った。その後ジャンパーの肩口辺りの雨も拭った。
「ハンカチも持ってなくって・・・」と、先程と同じような笑顔を見せてから、
「カッコ悪いよ、な」と、頭を掻いた。
敦子も引き込まれて、笑った。この男が小林省一だった。