雅工房 『 日々これ好日 』

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哀しい方の人生   第十三回

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小林省一は、岡山県北部の町で育った。
普通の家庭の、普通の男の子として育ったが、普通の生活を踏み外したのは高校一年の時の万引き事件が発端である。


隣町のスーパーマーケットで万引きを働き、捕まってしまったのである。
普通の家庭で育った省一が、万引きという行為が良くないことは当然承知していたが、仲間内の一種の洗礼のようなもので、彼一人が加わらないわけにはいかなかった。犯罪を犯す危険より、仲間外れになることの方が遥かに怖かった。
しかし、結局捕まったのは、図体ばかり大きくて要領の悪い省一だけだった。


この事件そのものは、幸いなことにスーパーマーケットの責任者の好意で、警察や学校には知らされることなく、両親が謝罪して解決することができた。
同じように行動していた仲間のことは一切話さなかったので、彼らからは感謝されたが、それは当座のことだけだった。
日が経つうちに、表に出なかった秘密を知っている省一の存在は、彼らからすればうっとうしい存在となり、いつの間にかグループから外されていた。


その後は、歳の離れた兄が以前に使っていたバイクを乗り回すようになり、自然にバイクを通じての新しい仲間ができていった。
暴走族というほどのものではなかったが、同じようなグループと出会うこともよくあり、いさかいもしばしば起きた。
そして、いつものような争いごとが大きくなってしまい警察に補導されたのである。


その時も、いつの間にか省一が一方のリーダー格のように取り扱われることになってしまった。
警察の方は起訴されずに済んだが、学校の方からは厳しいけん責を受けた。両親の必死の対応で退学だけは免れたが、停学処分を受けてしまった。停学期間は短いものだったが、それにより学校が苦痛の場所に変わった。
結局、ずるずると数日学校を休んだのち、退学することに決め、家を出た。


省一は、大阪市内を転々とした後大阪市に隣接する街に移った。
その辺りには、わが国を代表する家電メーカーの本社や工場が集まっていた。そして、幾つかの大企業を中心にピラミッドを形成するように、関連会社や出入りしているあらゆる業者が集中していた。


省一がその街に移ったのは、新聞広告を見て面接を受けたからである。
大阪に出てきてから、パチンコ店と喫茶店に勤めたが、どちらも省一の性格に合わなかった。
新聞広告の会社は倉庫要員を募集していた。「学歴不問、身体強健」が募集条件だったが、自分にぴったりの条件だと思い応募した。


その会社に無事入社した省一は、倉庫の仕事は一週間しただけで、運転手の助手の方へ廻された。倉庫の仕事に就いている者が全員高齢者だったこともあり、運転助手として大型トラックで荷物を運ぶ部門に配置換えになったのである。
省一はこの会社に三年余り勤めることになったが、この間に一人前のトラックドライバーに育ててもらったのである。


省一にはトラック運転手という仕事が合っていたし、その職場も居心地の良い所だった。しかし、良いことは続かないもので、会社が大幅縮小されることになり、所属していた倉庫が閉鎖されることになってしまった。
会社の経営状態など省一に分かるはずもなかったが、この数年の円高などの影響から国内の家電製品は競争力を弱めていて、生産拠点を次々と海外に移していた。省一が勤めていた会社もその煽りを受けて、業務縮小ということになってしまったのである。


三年余り世話になった会社を退職することになったが、トラックドライバーとしての経験のおかげで再就職に困ることはなかった。
多くの募集先があり、就職するのに困ることはなかったが、省一が落ち着ける場所はなかなか見つからなかった。殆どの会社が最初の会社に比べると給料は良かったが、運転時間などの労働条件や同僚なども含めた環境はかなり悪く、どの会社にも落ち着くことができなかった。


省一は勤め先を次々と変えていった。いずれも大阪市内かその周辺都市である。
仲間とうまくいかないこともあったし、上司と喧嘩をしてしまったこともあった。会社の方が倒産してしまい給料を払ってもらえなかったこともある。
それでも、トラックドライバーとしてのしっかりとした技術を持っている省一は、その腕一本で生活していくのに困るようなことはなかった。


敦子との出会いは、省一にとってもこれまでの生き方を大きく変えるものとなった。

この数年、省一は極力他人との関わりを避けるようにして生きてきていた。仕事上同僚たちと関わらないわけにはいかないが、酒を飲まないこともあって仕事以外の場では一人のことが多かった。
省一が一番落ち着ける場所は、トラックの運転席だった。


しかし、敦子との出会いは、省一に新しい生活をもたらした。一緒にいて安心できる人がいることを知った。さらに、敦子の妊娠により、将来を考えることを知った。家庭というものを、漠然とではあるが思い描くようになった。
これまでの不運が終わったのだと考えるようになっていた。


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