『 「小さい秋」そのものは、私たちの日常のすぐ近くに隠れているのかも知れません。』
それにしても、すばらしい言葉というものはあるものですね。
かつて、和歌の世界では、「秋の夕暮れ」という言葉を安易に使ってはいけないという教えがあったそうなのです。その理由は、どんなに平凡な歌であっても「秋の夕暮れ」で締めくくると、名句のような感じになってしまうからだそうです。それだけ、「秋の夕暮れ」という言葉には、人々の心をひきつける力があるということなのでしょう。
もっともこれは、私が何かの本で見た記憶だけですので、いわゆる「制詞」とは違います。
「制詞」(セイシ・セイノコトバ)については、当ブログ(『言葉のティールーム・第五話』)でも書かせていただいておりますが、「霧立ちのぼる」という言葉は、余りにすばらしいので模倣してはいけないとされたそうで、他にも幾つかあるそうです。
なお、小倉百人一首にもある寂蓮法師の和歌は、
『 村雨の露もまだひぬ槇の葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮れ 』
ですが、「霧立ちのぼる」と「秋の夕暮れ」と、安易に使ってはいけないという言葉が二つも使われているのですが、きっと、とてつもない名句なのでしょうね。
「小さな秋」もそれに負けないほどすばらしい言葉ですが、「小さい秋」そのものは、私たちの日常のすぐ近くに隠れているかも知れません。
( 「小さな小さな物語」 第十部 No.545 より )