今昔物語拾い読み ・ その7
今昔物語拾い読み 『その7』 ご案内 『その7』には、「巻26」から「巻28」までを収録しています。 いずれも、本朝世俗部に位置付けられる部分です。 「巻28」から逆になっていますが、いずれの巻も全話載せています。
今昔物語 巻第二十八 巻第二十八は、本朝付世俗となっています。 内容は、世俗的なユーモラスな話が集められています。登場人物は社会の各層に渡っています。 全部で四十四話収録されていますが、単純明快な笑いが紹介されています。
女にだらしない男 ・ 今昔物語 ( 28 - 1 ) 今は昔、 如月(二月)の初午(ハツウマ)の日は、昔から京じゅうの上中下の多くの人が、稲荷詣でといって、こぞって伏見の稲荷神社に参詣する日である。 ところで、いつもの年より多くの人が参詣する年があった。 その…
勇者にも弱点 ・ 今昔物語 ( 28 - 2 ) 今は昔、 摂津守源頼光朝臣(ミナモトノヨリミツアソン・藤原道長の家人で、酒呑童子退治などで有名。)の郎等に、平貞道、平季武、坂田公時という三人の武士がいた。いずれも、容姿堂々としていて、武芸に優れ、肝が太く、思慮もあ…
和歌の上手だが ・ 今昔物語 ( 28 - 3 ) 今は昔、 円融院の天皇が退位なさって後、御子の日(オンネノヒ・正月最初の子の日に、野辺に出て小松を引いて息災延命を祈った。)の野遊びのために、船岳(フナオコ・船岡山)という所にお出かけになられた。堀川院より出発…
田舎者いじめ(1) ・ 今昔物語 ( 28 - 4 ) 今は昔、 [ 天皇名を故意に欠字にしている。]天皇の御代に、[ 姓名を故意に欠字にしている。]という者がいた。 長年、旧受領(フルジュリョウ・古手のうだつの上がらない国守。)にて任官も出来ず不遇でいたが、よう…
田舎者いじめ(2) ・ 今昔物語 ( 28 - 4 ) ( (1)より続く ) さて、企みを提案した彼の殿上人は、寅の日(この部分誤記らしい?)の未明に、例の五節所に行き、守の子という若者に会って、得意げにあの企てのことを細々と語って聞かせると、若者はひどく恐れ…
越前守の悪だくみ(1) ・ 今昔物語 ( 28 - 5 ) 今は昔、 藤原為盛の朝臣(( ?~1029) 最終官位従四位下なので、中級程度の貴族。)という人がいた。 この人が越前守であった時、諸衛(ショエ・・左右の近衛・衛門・兵衛の六衛府をいう。)の役人に支給する大粮米…
越前守の悪だくみ(2) ・ 今昔物語 ( 28 - 5 ) ( (1)より続く ) さて、続く舎人共も、皆待ちかねていただけに、二、三杯、あるいは四、五杯と喉の渇きのままに呑み干した。李を肴にして呑むと、さらに杯をしきりに勧めるので皆が四、五度、さらに五、六度と…
落馬の言い訳 ・ 今昔物語 ( 28 - 6 ) 今は昔、 清原元輔(キヨハラノモトスケ・従五位上。三十六歌仙の一人。清少納言の父でもある。)という歌人がいた。 その人が内蔵助(クラノスケ・中務省の内蔵寮の次官。)になって、賀茂の祭の使者(朝廷から遣わされる奉幣使。)…
無知な郡司 ・ 今昔物語 ( 28 - 7 ) 今は昔、 比叡の山の西塔に、教円座主(キョウエンザス・第二十八代天台座主)という学僧がいた。話し上手で、人を笑わせる説経教化をする人であった。 その人が、まだ若い頃のことで、供奉(グブ)という役にあって西塔に住ん…
小寺の小僧 ・ 今昔物語 ( 28 - 8 ) 今は昔、 一条の摂政殿(藤原伊尹(コレマサ)のこと。摂政・太政大臣。972没。)が住んでおられた桃園は今の世尊寺である。 そこで、摂政殿が季の御読経(キノミドキョウ・春秋二季に大般若経を講読する法会。)を営まれた時、比叡山…
助泥の破子 ・ 今昔物語 ( 28 - 9 ) 今は昔、 禅林寺(ゼンリンジ・永観堂とも。)の僧正と申す人がいらっしゃった。名を尋禅(ジンゼン・のちに天台座主。)と申される。この人は、九条殿(藤原師輔。右大臣。)の御子である。たいそう高貴な仏道修行者である。 …
粗忽な近衛舎人 ・ 今昔物語 ( 28 - 10 ) 今は昔、 左近衛の将曹(サカン・四等官)である秦武員(ハタノタケカズ・伝不祥)という近衛舎人(コノエトネリ・近衛府の官人)がいた。 この男が、禅林寺の僧正(前話にも登場している、深禅僧正。)の御壇所(ゴダンショ・修法を行…
唐櫃の中から ・ 今昔物語 ( 28 - 11 ) 今は昔、 ある年配の受領の妻のもとに、祇園(祇園社。八坂神社。)の別当(寺務を統括する首長の僧。)で感秀(カンシュウ・伝不詳)という定額寺(ジョウガクジ・官寺に準ずる寺。)の僧が忍んで通っていた。 受領はこの事を…
衣は取り違える ・ 今昔物語 ( 28 - 12 ) 今は昔、 誰だとは、聞こえが悪いので書かないが、ある殿上人の妻のもとに評判の高い僧が忍んで通っていたが、夫の殿上人はそれを知らないで過ごしていた。 三月の二十日余りの頃、その夫は参内したが、その隙に僧は…
口達者の徳 ・ 今昔物語 ( 28 - 13 ) 今は昔、 銀(シロガネ)の鍛冶師に、[ 欠字あり。「姓」が入るが不詳。]の延正という者がいた。延利の父、惟明の祖父である。(いずれの人物も、伝不詳。) ある時、花山院がその延正を呼び出して、検非違使庁に身柄を渡…
機知に富んだ女 ・ 今昔物語 ( 28 - 14 ) 今は昔、 朱雀天皇の御代に、仁浄(ニンジョウ・伝不詳)という御導師(ドウシ・儀式の主導を行う僧。)がいた。 たいそうな説教上手であった。また、口達者で、多くの殿上人や公達たちと、しゃれなど言い合って、遊び相手…
豪快な老法師 ・ 今昔物語 ( 28 - 15 ) 今は昔、 豊後国の講師(コウジ・諸国の国分寺にあって教法などを主導した僧官。)に[ 意識的な欠字。僧名が入るが不詳。]という者がいた。 講師になってその国に下っていたが、任期が終わったが、さらに任期(当時の…
盗人の上を行く ・ 今昔物語 ( 28 - 16 ) 今は昔、 阿蘇の[ 欠字あり。人名が入るが不詳。]という史(サカン・太政官の第四等官)がいた。背丈は低いが、肝っ玉は抜け目なくしたたかな男であった。 ある日のこと、家は西の京にあったが、公務で内裏に参って、…
平茸を食う ・ 今昔物語 ( 28 - 17 ) 今は昔、 御堂(藤原道長)がまだ左大臣で枇杷殿(ビワドノ)にお住まいであった頃、御読経を勤める僧がいた。名を[ 欠字。「雅敬」など諸説ある。]といい、[ 欠字。寺名が入るが不詳。「興福寺」とも。]の僧である。 …
別当の地位を狙う ・ 今昔物語 ( 28 - 18 ) 今は昔、 金峰山(ミタケ・キンプセンとも。金峯山寺。奈良県吉野の霊場。)の別当(最高責任者)をしていた老僧がいた。昔は、金峰山の別当は、その山の一﨟(イチロウ・最長老。一番の﨟が多いこと。「﨟」は出家得度した僧…
無知な食いしん坊 ・ 今昔物語 ( 28 - 19 ) 今は昔、 比叡山の横川(ヨカワ)に住んでいる僧がいた。 秋の頃、その僧坊の法師が山に行って木を伐っていたが、平茸があったので取って持って帰った。 僧たちはそれを見て、「これは平茸ではないぞ」などという者も…
世にも稀なる鼻 ・ 今昔物語 ( 28 - 20 ) 今は昔、 池の尾という所に禅智内供(ゼンチナイク・伝不詳)という僧が住んでいた。道心が強く真言(シンゴン・祈祷の時に唱える経文などを梵語のまま読み上げる呪文の総称。)などをよく習い、熱心に行法(ギョウホウ・加持祈…
青経の君 ・ 今昔物語 ( 28 - 21 ) 今は昔、 村上天皇の御代に、旧宮(フルキミヤノミコ・あまりパッとしない宮様。ここでは、醍醐天皇の四男重明親王を指す。)の御子で、左京大夫[意識的な欠字。重明親王の長男「源邦正」らしい。左京大夫は左京職の長官。]とい…
仰ぎ中納言 ・ 今昔物語 ( 28 - 22 ) 今は昔、 中納言藤原忠輔という人がいた。 この人は、いつも上を向き空を仰ぎ見るような様子をしているので、世間の人は、この人に仰ぎ中納言というあだ名を付けていた。 さて、この人が右中弁(ウチュウベン・太政官弁官局の…
肥満防止法 ・ 今昔物語 ( 28 - 23 ) 今は昔、 三条の中納言という人がいた。 名を[ 欠字。「(藤原)朝成」が該当。]と言った。三条の右大臣(藤原定方)と申される人の御子である。 学識に優れ、唐の事もこの国の事もその知識をよく身につけ、思慮深く、豪…
とんでもない聖人 ・ 今昔物語 ( 28 - 24 ) 今は昔、 文徳天皇の御代に、波太岐山(ハタキノヤマ・所在地など未詳)という所に一人の聖人がいた。 長年、穀物の食断ちをしていた。天皇はこの事をお聞きになって、召し出して神泉苑(シンセンエン・現存しているが、当時は…
行き過ぎたいたずら ・ 今昔物語 ( 28 - 25 ) 今は昔、 藤原範国(フジワラノノリクニ・正しくは「平」らしい。)という人がいた。 この人が五位の蔵人であった時、小野宮実資(オノノミヤノサネスケ・藤原氏)の右大臣と申される方が、陣(紫宸殿の左右両近衛に陣があったが、…
晴れの場での失敗 ・ 今昔物語 ( 28 - 26 ) 今は昔、 安房守文屋清忠という者がいた。外記(ゲキ・太政官内の詔勅などの記録や儀式の執行などを担当する。大外記が正六位なので、従五位下に昇進して国守に栄転したもの。)としての功労により、安房守になった…