雅工房 『 日々これ好日 』

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梅雨の晴れ間に ・ 小さな小さな物語 ( 294 )

昨日、六月二十八日は当地は久しぶりの晴れのお天気でした。
今年は入梅が早く、しかも、台風の影響も例年より早く荒れ気味の天候が続いています。九州南部など、記録的な雨量になってる場所も多く、被害の発生も心配されます。


当地は、風の強い日や激しい雨もありましたが、全体的にはいかにも梅雨らしいどんよりとした日が多い状況です。
激しい雨の時は水路になってしまう辺りは、強い日差しが半日も続きますと、見事なほどに雑草のオンパレードになってくれます。今年は、球根類がどれも順調で、特に鉄砲ユリは庭のあちらこちらでたくさんの花を咲かせてくれました。それも、ぼつぼつ終りに近づき、わが家の庭の主役はダリアとなり、トラノオシュウメイギクがまるで陣地争いをしているかのように勢力圏を広げ背丈を伸ばしてきています。
パンジービオラと入れ替えたニチニチソウは、可憐な花を付けてはいますが、まだまだひ弱で、今しばらく待たなくてはなりません。
久しぶりの太陽を浴びながら、山ほど草を抜く決意でスタートしましたが、目に余るほど長く伸びたものを少しばかり抜いたところで計画を変更し、鉢の中の草取りだけにすることにしました。
何分、久しぶりの太陽は、なかなかに厳しいものだったからです。


ところで、五月晴れというのは、本来、今日のような、梅雨の晴れ間の厳しい日差しのことを指します。
五月晴れという言葉そのものが、旧暦の時代に生まれた言葉ですから、五月雨の間の晴れ間、つまり梅雨の晴れ間の厳しい晴天のことを指したのです。
しかし、私たちは、ややもすると、五月晴れとは新緑の候に結び付くようなイメージの、快適なお天気を思い浮かべることが多いようです。実際、広辞苑を見てみますと、梅雨の合間の晴天という説明のほかに、「五月(この場合は新暦)の空の晴れわたること」という意味も加えられています。
つまり、五月晴れには、二つの気候の意味があるのです。


時代とともに言葉や風習が変わっていく例はたくさんあります。
「犬も歩けば棒にあたる」などもその例ですが、私たちはその時代時代において、あるいは、社会の変動に対処するためなどに、身の回りを防衛し、生き延びる手段を探し続けて来たのかもしれません。それらの行動は無意識に、あるいは本能的になされたのかもしれませんが、一つの時代が過ぎ去ったあとには、言葉の意味さえも変えてしまうような変化が残されるのかもしれません。
今というこの時代、二百年ほど後の人たちは、今の私たちの生きざまをどう見るのでしょうか。

( 2011.06.29 )