雅工房 『 日々これ好日 』

関連ブログ 「雅工房『作品集』https://miyabikohboh.hateblo.jp/」 「雅工房『小さな小さな物語』https://miyabikohboh.hatenablog.com/」 

玄奘法師 天竺へ ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 6 - 6 )

          玄奘法師 天竺へ ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 6 - 6 )


今は昔、
震旦に唐の玄孫(ゲンソン・誤記らしく不詳。)の御代、玄奘法師(ゲンジョウホウシ・西遊記の主人公のモデル。)と申される聖人がいらっしゃった。
天竺に渡られる時のこと、広大な原野を果てしなく進まれているうちに日が暮れてしまった。すぐに宿るべき場所もなかったので、探し探し足に任せて進んでいるうちに、遠くから、沢山の火を灯した者たちが五百人ばかりやってくる。
「人に出会うことが出来た」と思って喜びながら近くに寄ってみると、何と、人ではなく、異形の鬼どもが大変怖ろしげに歩いていたのである。法師は、その者どもを見て為す術がなく、般若心経(ハンニャシンギョウ)を大声で唱えられた。この誦経する声を聞いて、鬼どもは十方に逃げ去ってしまった。それによって、法師は難を免れて原野を通り過ぎることが出来た。

この心経(般若心経)は、法師が天竺に旅される間に、道々にお伝えになられたお経である。
遥かに深い山の中を通っていると、人跡絶えた場所があった。鳥獣さえも姿が見えない。ところが、にわかに臭い匂いが出てきて、堪え難いほどの臭さである。鼻をふさいで退いたが、この匂いが尋常でないものなので、何とか近寄ってみると、草木は枯れ、鳥獣の姿もない。さらに、必死に堪えながら近寄ってみると、一体の死骸があった。
「この死骸の匂いだったのか」と思いながら、さらによく見てみると、少し動いているように見えた。
「何と、生きている者なのだ」と見なして、「どういうことなのか訊ねてみよう」と思って、近寄って訊ねられた。「あなたどういう人なのですか。どういう病気があって、このように臥しているのですか」と。
病者(ヤメルモノ)は、「私は、女でございます。身に瘡(カサ・皮膚病の総称)の病があり、頭から足の裏まで全身隙間なくただれて、生臭くてその臭さが絶えられないため、遂には両親にも見捨てられて、深い山に棄てられたのです。しかしながら、寿命はまだ尽きず、死に果てないでいるのです」と答えた。

玄奘法師は、これをお聞きになって、慈悲の心を深くされて、さらに訊ねられた。「あなたは、家にいた時に、この病気を患ってから薬を教えてくれる人はいなかったのですか」と。
病者は、「私は家にいて病を治そうとしましたが、叶いませんでした。ただ、医師は『頭から足の裏まで、膿汁を舐って吸い取れば、きっと治るだろう』と言われました。されど、臭いこと堪え難いため、近づく人はなく、いわんや吸い舐ることなどしてくれる人などおりません」と答えた。
法師はこれを聞くと、涙を流して仰せられた。「あなたの身体はすでに不浄になっています。私の身体は見た目には不浄でないように見えますが、考えてみますと、私もまた不浄の身です。されば、同じ不浄の身でありながら自分は清いと思い、他の者を穢れていると思うのは、極めて愚かなことです。それゆえ、私が、あなたの身体を吸い舐ってあなたを病からお救いしよう」と。
病者は、これを聞くと手を合わせて喜び、身を任せた。

そこで法師は身を寄せて、まず、病者の胸のあたりを舐り給うた。肌は腐乱して泥のようであった。臭いことは例えようもない。はらわたはひっくり返り息も絶えそうであった。そうであっても、慈愛の心は深く臭い匂いを気にもせず、膿んでいる所は、その膿汁を吸って吐き棄てた。
このようにして、首の下より腰の辺りまで舐り下ろされると、法師の舌の跡は、ふつうの肌のようになって治癒していった。法師は、心から喜んだ。
その時、にわかに微妙(ミミョウ・すばらしい)の栴檀や沈水香などのような香りが流れてきた。また、朝日が出てくる時のような光があった。

法師は驚き不思議に思って退いてみると、この病人は、たちまち変じて観自在菩薩と成り給うた。法師は、膝を地につけて掌を合わせてお迎え奉ると、菩薩は、即座に起き上がられると、法師に告げられた。
「汝はまことに清浄にして質直(シチジキ・素直で正しい)の聖人である。汝の心を試みるために、我は病人の姿に変えていたのだ。汝は極めて尊い。されば、我が受け継いできた経典を、速やかに汝に伝授しよう。これを受持し広く世に広めて衆生を導け」と。
菩薩は、経典を授け終わられると、掻き消すように姿を消した。鬼と出会ったときに読誦された心経(般若心経)は、この経典である。霊験あらたかである。

法師は、マカダ国(中天竺にあった)に至り、世無厭寺(セムエンジ・インド仏教の中核的な寺院。)という寺に入山したが、そこには戒賢論師(カイゲンロンシ・同寺の長老)という高僧がおられ、正法蔵(ショウホウゾウ・高僧の敬称)と名付けられていた。
法師はその人にお会いし、弟子となって仏法の伝授を受けた。
正法蔵は、初めて法師を見た時、泣啼(キュウテイ・声を出して泣くこと?)して仰せられた。「私は、長年病んでいて、苦しむことが多い。もう、この身を棄てようとした時、夢の中に三人の天人が現れました。一人目は黄金の色、二人目は瑠璃の色、三人目は白銀の色をしていました。皆、姿が端正なこと、心が及ばないほどでした。そして、この私に『汝の病は、過去世において汝が国王であった時、多くの人民を苦しめたので、今、その報いを受けているのである。速やかに昔の咎(トガ)を悔いて懺悔をすれば、その罪は除かれる』と申されました。私は、その言葉を聞き終わり、礼拝して咎を懺悔しました。すると、金色の天人が瑠璃の天人を指さして、私に言いました。『汝は、この者を誰か知っているか。これは、観自在菩薩である』と。そしてまた、白銀の天人を指さして、『これは慈氏菩薩(弥勒菩薩のこと)である』と申された。そこで、私は、白銀の天人を礼拝し奉って、お尋ねしました。『私は、常に兜率天(トソツテン・弥勒菩薩の浄土。)に生まれたいと願っています。今すぐにもその浄土に生まれて、慈氏(弥勒)を礼拝し奉らんと願っています』と。それに答えて、『汝は、広く仏法を伝えた後に生まれてくるがよい』と仰せられました。さらに、金色の天人は自ら仰せられました。『かく申す我は、文殊菩薩である。我らは、汝にこの事を知らしめるために現れたのである。汝は何も憂うことはない。震旦国の僧がやって来て、汝の弟子となって法を伝授することになるだろう。速やかに伝えなさい』と。そして、そのあと三人は、掻き消すように姿を消されました。その後は、病はよくなり待ち続けていますと、今、震旦国より法師がやってきました。あの時の夢と違うところがありません。されば、あなたに法を伝授しましょう」と。
そして、瓶の水を移すが如く(仏法を師から余さず伝授することに、よく用いられる表現。)に授けられた。

                          ( 以下 (2) に続く )

     ☆   ☆   ☆