「脱原発」という声が高くなってきています。
イタリアは国民投票でその方向が決定されたそうですし、ドイツやスイスもその方向に向かっているようです。
わが国の福島第一原発の惨憺たる事故が、世界中の原発政策に大きな影響を与えています。この不幸な事故が、原子力燃料の制御が容易でないことを世界中に示したことによって、次の原発事故を未然に防ぐことに役立つのか、化石燃料の奪い合いに拍車をかけることになるのか、この数年の動向が気になるところです。
わが国も、浜岡原発の運転の停止が命じられたことにより(実質的な命令と考えられる)、現在停止中、あるいはこれから検査のために停止する原発の再稼働のハードルが高くなることでしょう。
これだけ厳しい事故が起こってしまい、しかも、その後の事故制圧のための技術や対応の状態を見せつけられてしまうと、脱原発の声が高くなってしまうのも仕方ありません。
しかし、忘れてはならないことは、原発は発電を停止したからといって安全ではないということです。浜岡原発は、発電を停止したからといっても、今回と同じ規模の地震と津波に襲われると、相当深刻な状態になる可能性があることは、福島第一原発の4号機の状態を考えれば十分予測されることです。本当に浜岡原発がそれほど危険なのであれば、それこそ「ただちに」使用済みのものも含めた燃料棒を搬出しなくてはならないはずだと思うのですが。
個人的には、脱原発という考えには賛成ですが、今、世界中の原発が停止に動けば、世界中に大きな混乱が起こることは間違いなく、石油や天然ガスなどの争奪戦が激しくなり、結局貧しい地域や人々が大きな犠牲を強いられることになるでしょう。
原発は、停止しても大災害などに対しては安全ではないのです。廃炉にするのも、マンションを壊すようなわけにはいかないのです。ここは、危険性を冷静に判断したうえで、計画的な廃絶に動くべきではないでしょうか。
私たちは電力を始めエネルギーなしで生きていくことは出来ないのです。原始生活に戻ればいいという人もいるそうですが、そうなれば、地球が受け入れることの出来る人類の数は一億人にも満たないことでしょう。
たまたまテレビ番組で、原子力に代わるエネルギー源をテーマとして取り上げているものを見ました。
夢物語に近いものもあるのかもしれませんが、もしかすると、現在世界中で使われている全エネルギーをカバー出来るほどの新エネルギーが産み出されてくるような気持ちにさせられました。
その多くは現在すでに実用化され、すでに研究室では実現化されているものばかりなのです。
例えば、すでに多くの国で実用化されているものとしては、風力、地熱、太陽光などはまだまだ改善の余地があり増大していくことでしょう。海底には膨大な熱資源が眠っているそうですし、藻類から石油にとって代われるような物質を生産することが実用間近になっているそうです。
植物からアルコールを生産することはすでに実用化されていますが、トウモロコシなど食料を奪っている現実があります。しかしこれも、より安価で大量に生産できる植物を生みだすことで、相当のエネルギー源になりそうです。
どれもこれも、わが国がその気になれば実用化し採算に乗せることが可能なようなものばかりです。研究者の方々の頑張りをお願いするばかりですが、エネルギー源となるものはいっぱいあることだけは確かなようです。
( 2011.06.17 )