むやみに罰してはならない ・ 今昔物語 ( 13 - 20 )
今は昔、
石山寺(滋賀県大津市。観音霊場として著名。)に好尊(コウソン・伝不祥)聖人という僧がいた。若くして法華経を習い、日夜読誦していた。また、真言もよく学び、その行法(ギョウホウ・密教の修業)を断つことがなかった。
ある時、縁あって、丹波の国に下向したが、その国にいる間に病にかかり、歩くことが出来なくなった。そこで、その国の人に馬を借りて、それに乗って石山に帰ってきたが、その途中、祇園(ギオン・京都の祇園社。八坂神社の旧称。)の辺りで宿ることになった。
そこに一人の男が現れて、この乗ってきた馬を見て、「この馬は、先年、わしが盗まれた馬だ。その後、あちらこちらと捜しまわったが、未だに見つけることが出来なかった。ところが、今日ここで見つけることが出来たのだ」と言うと、馬を取り上げた。そして、好尊を「こいつは、馬盗人の法師だ」と言って、捕えて縛り打ち叩いて、その夜は柱に縛りつけて置いた。好尊は事情を詳しく説明したが、男は聞き入れようとしなかった。
持経者(ジキョウシャ・経を信奉し読誦する者)好尊は、無法な難儀に合い、自分の前世の因果を思って、涙を流して泣き悲しみ、嘆くこと限りなかった。
その夜、祇園の住僧の中の、年老いた僧三人が同時に夢を見たが、この持経者(好尊)を縛りつけた男の家に、普賢菩薩を縛って責め叩いて、家の柱に縛りつけて置いている、というものであった。夢から覚めて、驚き怪しんで、三人の僧が急いで男の家に行ってみると、僧を縛って柱に括り付けていたのである。
この夢を見た僧たちは、まず僧を解き放って、事情を尋ねると、好尊は詳しく事の次第を述べた。僧たちはそれを聞いて、尊び悲しんで、好尊を許したので、好尊は馬に乗ってその場所を去った。
その後、翌日の朝に、京の方から多くの人が馬盗人を追いかけてやって来た。すると、例の男も、盗人を捕らえようと思って家から出たところ、追いかけて来た者たちが、逃げる盗人に矢を射かけたところ、過って例の男にあたってしまい、男は即死してしまった。
人々は例の男が射殺されたのを見て、「この男は、無道にも法華経の持者を捕えて縛り、責め叩いたので、たちどころに現世で報いを受けたのだ。日も経たないうちに、馬盗人のことで死んだのは、その報いに間違いない」と、好尊を尊び言い合った。
その後、好尊はますます信仰を深めて、法華経を誦することを怠ることがなかった。
されば、たとえ罪を犯しているように見えても、よく事情をただしてから罰を加えるべきである。まして、僧に対しては、罰を加えるのは遠慮しなければならない、
となむ語り伝へたるとや。
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