雅工房 『 日々これ好日 』

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制御出来るもの ・ 小さな小さな物語 ( 276 )

また、雑草の話で恐縮です。
「雑草という名の草はない」という言葉に反発してみたり、雑草に魅力を感じてみたり、根負けしてみたり、何分接する機会が多いものですから、ついつい話題にしてしまうようです。
実は、今回のテーマに関してもきっかけとなったのが雑草のことからなのです。
わが家の小さな庭は、草花と雑草が常に勢力争いをしていて、しかも、私という強力な助太刀がいるにもかかわらず互角の戦いをしていることは何度か紹介させていただいた通りです。


私が庭いじりを始めて間もない頃、当時は今以上に雑草の方が力を持っていたのですが、それらの草が可愛い花を付けるのがとてもいじらしく感じられて、幾つかの草を場所を決めて集めたことがありました。雑草といえども、私が考えている場所で花を咲かせてくれる分には立派な花壇だと考えたからです。
この試みはかなりうまくいったのですが、愛らしい花をいっぱい付けるのを喜んでいる間はよかったのですが、翌年は大変なことになってしまいました。私が定めた場所にはしっかりと根を伸ばし、そこを拠点に勢力を広げるばかりでなく、種が飛んだのでしょうか、あちらこちらに拠点を増やし、それもどの草もが勢力争いをするように花壇と言わず通路と言わず、敷石の隙間なども見事なほどに繁茂してしまいました。
雑草をうまく区分けし、制御することが出来たと考えていたのですが、甘かったようです。


先祖代々引き継がれてきた農地でも、数年放置すれば完全な原野に戻ってしまうそうです。よく話題になる里山でも、人の手が入らないようになれば、あっという間に竹が繁茂したり、足を踏み入れることも出来ない荒れ山になってしまうそうです。
制御していると思っている土地も、それらは単に利用させていただいているだけのことで、少しでも手を抜けば自然のもとへなのか、神様のもとへなのかは知りませんか戻ってしまうのです。
これは、家畜や水産資源などでも同じことが言えるのではないでしょうか。まるで人間の手中で制御されているように見えていても、病原菌や自然のちょっとした変化だけで大騒ぎになるのですから、制御など出来ていないのです。
化学物質や、科学技術といえども全く同じではないでしょうか、神様のご機嫌を伺うようにして少しばかり使わせていただいているだけで、制御しているなどと考えるのはもってのほかなのです。
もっと謙虚になるべきではないでしょうか。


しかし、私たち人間にとって、最も厄介なのは、人間を制御出来ないことではないでしょうか。さらに、人間という厄介な生き物は自分自身をなかなか制御出来ないということが厄介を加速させています。
現在の私たちを取り巻く厳しい現実も、まさにその辺りに原因していると思うのです。
もっとも、女房を制御することもできない男が言うことではないのでしょうが・・・。

( 2011.05.03 )