ゆかん人 来ん人しのべ 春霞
たつたの山の 初桜花
作者 中納言家持
( No.85 巻第一 春歌上 )
ゆかんひと こんひとしのべ はるがすみ
たつたのやまの はつざくらばな
* 作者の大伴家持は、万葉集を代表する歌人の一人である。(718~785)享年六十八歳。七十歳であったという説もある。
* 歌意は、「 この地を去っていく人も、この地にやって来る人も、思い慕えよ。春霞が立っている 立田山の初咲きの桜の花を。」といったものであろう。なお、立田山は奈良県生駒郡にある実在の山。
* 家持は、「新古今和歌集」にも十一首採録されているが、その歌風はいわゆる新古今調といったものではなく、「万葉集」を代表する歌人の一人と言える。
「万葉集」には、長歌・短歌合わせて473首が収められており、全体の一割を超えている。万葉歌人となれば、柿本人麻呂をはじめ現代においても著名な歌人が大勢いるが、採録歌の数では家持が抜きん出ている。
ただ、家持は、万葉集の撰者とされるが、むしろ完成させた中心人物であり、その採録されている歌の数の多さをもって万葉歌人の第一人者とするのは正しくないように思われる。
* 大伴氏は、むしろ古代豪族として歴史上に大きな足跡を残している。それは、物部氏と共に天孫降臨の時代までも遡り、その武勇は古代豪族の第一位に位置付けすべき一族であった。
家持は、まさにその大伴氏の嫡流にあたるが、すでに武勇をもって朝廷に仕える大伴氏の地位は下降を続け、家持の生涯も、苦難に満ちたものであった。
なお、大伴氏の姓は、家持没後四十年ほど後、平安時代初期に「伴氏」に改姓している。淳和天皇の即位に伴い、天皇の諱(イミナ)を憚ったものである。
そうしたことからも、大伴家持には、古代豪族の悲哀が色濃く感じられるのである。
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