『神社で唱えられる大祓詞(オオハラエノコトバ)という祝詞には瀬織津姫(セオリツヒメ)という神が登場する。この神は流れの速い川の瀬にいる。そして神々が遠い山の上から川に流す人の世の罪やけがれなどの禍事(マガゴト)を大海原まで運ぶのだという。では海でその禍事はどうなるのか▲潮流の渦巻く海原には別の神がいて、それらを受け取ってのみ込んでしまう。罪やけがれはさらに別の神々がリレーのように引き継ぎ、海底から根の国--あの世へ送り込まれて消滅する・・・』
以上は、毎日新聞四月六日の朝刊「余禄」欄の一部をそのまま使用させていただいたものです。
「余禄」欄の記事は、原発事故に関するものに展開するのですが、まことに勝手ながらその一部分だけを使わせていただきました。
さて、この記事を使わせていただきました理由は、川に流された禍事が根の国に送られて浄化されるまでに、多くの神様が関わっているということに興味を引かれたからです。
私は、この国には八百万の神々がおられるということを大いに敬愛し誇りに思っているものですから、その点を差し引いてお読みいただかなくてはなりませんが、八百万の神々はどうやら万能ではなく、それぞれ得手不得手があるらしく、あるいは担当部署が決まっているのかもしれないように思うのです。
この国には、八百万もの神がおられるのですから、どなたかの力で今回の大地震を何とかすることが出来なかったのかと思っているのですが、どうやら担当でない神様ではその力はなかったようです。あるいは、神々と私たちとでは価値観に若干の差があるのかもしれません。
被災地の大変な状況を思いますと、冗談のような文章を書くのはどうかと思うのですが、「神も仏もいないのか」と感じたことは事実です。
ただ、これからなお続く試練を考えれば、それほど力はなくても、あるいは少々気紛れかもしれませんが、私たちの祖先は、そのような八百万の神々と共に生きてきたのです。これからの試練の時にも、八百万の神々は、ほんの少しかもしれませんが力を貸してくれるように思うのです。
絶望の中にあるお方にこのような話は、何の『エール』にもならないかもしれませんが、私は八百万の神々に願うしかエールを送る方法を知らないのです。
『被災地の皆さま頑張ってください』
( 2011.04.09 )