今昔物語拾い読み ・ その8
今昔物語 巻第三十一 ご案内 本巻が最終巻に当たります。 全体の中での位置付けは「本朝付雑事」となっています。 本巻には三十七話が収められていますが、実際に、それぞれの物語の分野は やや雑然としています。 研究者によっては、本来「今昔物語」は三十…
『 放生会を競い合う ・ 今昔物語 ( 31 - 1 ) 』今は昔、天暦の御代(天暦年間というより、村上天皇の治世全般 ( 946 - 967 ) を指すことが多い。)に、粟田山の東山科の郷の北に寺があった。建立と同時に藤尾寺(伝不詳)と名付けられた。その寺の南に別の…
『 桂川の橋を修復する ・ 今昔物語 ( 31 - 2 ) 』今は昔、鳥羽の村(京都市伏見区)に大きな橋があった。これは、昔から桂川に渡した橋である。ところが、その橋が壊れて人が渡ることが出来なくなっていた。[ 欠字。時代などが入るが不詳。]の頃、一人の…
『 妻を娶った阿闍梨 ・ 今昔物語 ( 31 - 3 ) 』今は昔、[ 欠字。「文徳天皇」らしい。]の御代に、湛慶阿闍梨(タンケイアジャリ・815 - 880 比叡山の僧。)という僧がいた。慈覚大師(第三代天台座主。)の弟子である。真言教義を極め、仏典や和漢の典籍も極め、…
『 地獄絵を描いた名絵師 ・ 今昔物語 ( 31 - 4 ) 』今は昔、一条院(一条天皇)の御代に、絵師巨勢広高(コセノヒロタカ)という者がいた。古人にも劣ることなく、当代にも肩を並べる者がいないほどの絵師であった。さて、この広高はもともと信仰心が厚かったが、…
『 下級官吏の悲哀 (1) ・ 今昔物語 ( 31 - 5 ) 』今は昔、大蔵の最下の史生(サイゲのシショウ・最末席の書記。)に宗岡高助(ムネオカノタカスケ・伝不詳。宗岡氏は蘇我氏の一族らしい。)という者がいた。道を行く時には垂れ髪で、栗毛の貧弱な雌馬を乗り物にして、表着…
『下級官吏の悲哀 (2) ・ 今昔物語 ( 31 - 5 ) 』 ( (1) より続く )さて、明日には堂供養が行われるという日になったが、夕方になって、松明をたくさん灯して、車二台に川船二艘を積んで、牛に引かせて池の水際に降ろす者がいるので、僧都が、「これはどこ…
『 翁専用の高札 ・ 今昔物語 ( 31 - 6 ) 』今は昔、賀茂祭の日、一条大路と東洞院大路が交わる辻に、明け方から高札が立ててあった。その高札には、「ここは翁が物見する場所である。他の者は立つのを禁じる」と書かれていた。人々は、その高札を見て、決し…
『 心変わりの悲劇 ・ 今昔物語 ( 31 - 7 ) 』今は昔、右少弁(ウショウベン・太政官の役職で、五位相当。)藤原師家(モロイエ・1027 - 1058 )という人がいた。その人には、互いに愛し合っていて、通い続けている女がいた。女はたいそう奥ゆかしい心の持ち主で、辛…
『 哀れ 小中将の君 ・ 今昔物語 ( 31 - 8 ) 』 今は昔、女御の御許にお仕えしていた若い女房がいた。小中将の君(伝不詳。「紫式部日記」に同名の人物が登場するが、関係は不詳。)と呼ばれていた。容姿端麗で、気立ても悪くなかったので、同僚の女房たちは…
『 魂が行き交う ・ 今昔物語 ( 31 - 9 ) 』今は昔、常澄安永(ツネズミノヤスナガ・伝不詳)という者がいた。この者は、惟喬親王(コレタカノミコ・文徳天皇の第一皇子)と申される人の下家司(シモケイシ・親王家や公卿家に仕える者のうち下級の者。六位、七位ぐらい。)であ…
『 同じ夢を見る ・ 今昔物語 ( 31 - 10 ) 』今は昔、尾張国に勾の経方(マガリノツネカタ・伝不詳)という者がいた。通称を勾官首(マガリノカンジュ)と言っていた。何もかも不自由のない者であった。その経方が長年連れ添っている妻の他に、別に愛している女がその国に…
『 陸奧国からさらに奥地へ ・ 今昔物語 ( 31 - 11 ) 』今は昔、陸奧国に安倍頼時(アベノヨリトキ・前九年の役の頃の人物。1057 没。)という武者がいた。その国の奥地に、夷(エビス・古代のアイヌ人?)という者がいて、朝廷に従おうとしなかったので、「討伐すべ…
『 恐怖の島 ・ 今昔物語 ( 31 - 12 ) 』今は昔、鎮西(チンゼイ・九州の古称)に[ 欠字 ]の国の[ 欠字 ]の郡に住んでいる人が、商いのために大勢の人と一艘の船に乗り、見知らぬ他国に行き、また本国に帰ってきたが、その途中、鎮西の未申(ヒツジサル・西南)…
『 酒の泉のある里 ・ 今昔物語 ( 31 - 13 ) 』今は昔、仏道修行をしながら旅をする僧がいた。大峰という所を通っている時に、道を間違えて、何処とも知れぬ谷の方に入っていくと、大きな人里に出た。僧は、「良かった」と思って、「どこかの家に立ち寄って…
『 異郷に迷い込んだ修行僧 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 31 - 14 ) 』今は昔、仏道を修行している僧が三人連れだって、四国の僻地、つまり、伊予・讃岐・阿波・土佐の海辺のことだが、その僧たちはそうした所を廻っていたが、思いがけず山に踏み入ってしまった。深…
『 異郷に迷い込んだ修行僧 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 31 - 14 ) 』 ( ( 1 ) より続く )修行者が家に入ると、女が言った。「長年、このような情けないことを見てきましたが、わたしの力では、どうにもなりません。けれども、『あなただけは何とかしてお助けした…
『 白犬と暮らす女 ・ 今昔物語 ( 31 - 15 ) 』今は昔、京に住んでいる若い男が、北山の辺りに遊びに行ったが、いつの間にか日がすっかり暮れてしまい、どことも知れぬ野山の中に迷い込み、道が分からなくなってしまった。帰ることも出来なくなったが、一夜…
『 巨人が住む島 ・ 今昔物語 ( 31 - 16 ) 』今は昔、佐渡国に住んでいる者が、所用があって大勢で一艘の船に乗って出かけたが、沖合において、にわかに南風が吹き出し、船を北の方向に矢を射るが如くに吹き遣ってしまったので、船中の者どもは、「もうこれ…
『 流れ着いた巨人 ・ 今昔物語 ( 31 - 17 ) 』今は昔、藤原信通朝臣(生没年未詳。1024 年に常陸国守( 介 )に就いている。)という人が、常陸の守として在任中のことである。その任期が終るという年の四月の頃、風がものすごく吹いて大荒れの夜、[ 欠字。…
『 小人の船 ・ 今昔物語 ( 31 - 18 ) 』今は昔、源行任朝臣(ミナモトノユキトウアソン・生没年未詳。醍醐源氏。1019 年に越後守を解かれている。)という人が越後の守としてその国に在任中、[ 欠字。郡名が入るが不詳。]の郡にある浜に、小さな船が打ち寄せられた。…
『 六道珍皇寺の鐘 ・ 今昔物語 ( 31 - 19 ) 』今は昔、小野篁(オノノタカムラ・平安時代初期の貴族。852 年没。)という人が、愛宕寺(オタギデラ・京都市東山区にある六道珍皇寺のこと。)を造り、その寺で使用するために鋳物師に鐘を鋳させたところ、鋳物師は、「…
『 大岩を砕く ・ 今昔物語 ( 31 - 20 ) 』今は昔、北山(京都北方の山々の総称。)に霊巌寺(リョウガンジ・平安時代前期に所在していた。妙見寺とも。)という寺があった。この寺は、妙見(ミョウケン・妙見菩薩。北斗七星を神格化したもの。)がお姿を現わし給う所…
『 鬼の寝屋島 ・ 今昔物語 ( 31 - 21 ) 』今は昔、能登国の沖に寝屋(ネヤ・幾つかの島があるが不詳。)という島がある。その島では、河原に石があるように、鮑がたくさんあるというので、その国の光りの島という浦に住む海人(漁師)共は、その鬼の寝屋島(…
『 弘法大師が築いた池 ・ 今昔物語 ( 31 - 22 ) 』今は昔、讃岐国[ 欠字。「那珂」が入る。]の郡に、満濃の池(マノノイケ・まんのうのいけ、とも。)という大きな池がある。高野の大師(弘法大師のこと)が、この国の人々のために大勢の人を集めてお築きにな…
『 多武の峰と延暦寺 ・ 今昔物語 ( 31- 23 ) 』今は昔、比叡の山に尊睿律師(ソンネイリッシ・天台座主義海の子。1007 没。律師は、僧正、僧都に次ぐ僧綱の一つで、僧尼を統括する官職。)という人がいた。長年山に住んで顕蜜(ケンミツ・顕教と蜜教)の法を学び、高僧…
『 祇園社が比叡山の末寺になる ・今昔物語 ( 31 - 24 ) 』今は昔、祇園(祇園社。八坂神社の旧称。)はもと山階寺(ヤマシナデラ・興福寺の別称)の末寺であった。その真東に比叡山の末寺である蓮花寺(伝未詳)という寺があった。さて、祇園の別当(寺務を統括…
『 除目の予言者 ・ 今昔物語 ( 31 - 25 ) 』今は昔、[ 欠字。天皇名が入るが未詳。]天皇の御代に、豊前の大君(トヨサキノオオギミ・舎人親王の子孫で栄井王の子。805 - 865。本話では、桓武天皇の第五皇子の子孫となっているが、舎人親王は天武天皇の第五皇子で…
『 打ち臥しの巫女 ・ 今昔物語 ( 31 - 26 ) 』今は昔、打臥の御子(ウチフシノミコ・生没年不詳。御子は巫女のこと。枕草子や大鏡に登場している人物らしい。)という巫(カンナギ・神に仕えて、神降ろしなどをする人。女性が多い。)が世にいた。昔から賀茂(上賀茂…
『 忘れる草と忘れない草 ・ 今昔物語 ( 31 - 27 ) 』今は昔、[ 欠字。不詳 ]の国[ 欠字。不詳 ]の郡に住んでいる人がいた。男の子が二人あったが、その父が亡くなったので、その二人の子が恋い悲しむことは、年を経ても忘れることがなかった。昔は、亡…