2018-01-01から1年間の記事一覧
閻魔王の仰せを受ける ・ 今昔物語 ( 13 - 13 ) 今は昔、 出羽の国に竜花寺(リュウゲジ・所在不詳)という寺があった。その寺に妙達和尚(ミョウタツカショウ・伝不祥)という僧が住んでいた。その寺の住職であったようだ。生活態度は清らかで、心は正直であった。また…
法華経ひとすじ ・ 今昔物語 ( 13 - 14 ) 今は昔、 加賀の国に翁和尚(オキナカショウ・伝不祥)という者がいた。心が正直で、永く諂曲(テンゴク・自分の心をまげて、人にこびへつらうこと)と無縁であった。日夜、寝ても覚めても法華経を読誦して余念を抱くことがな…
兜率天に昇る ・ 今昔物語 ( 13 - 15 ) 今は昔、 東大寺に仁鏡(ニンキョウ・伝不祥)という僧がいた。その父母は、はじめ寺の近くに住んでいたが、子がいなかったので子を授かりたいと請い願って、その寺の鎮守(チンジュ・寺の境内に勧請した守護神。)に祈請して…
愚鈍なれど ・ 今昔物語 ( 13 - 16 ) 今は昔、 比叡山の東塔にある千手院という所に、光日(コウニチ・伝不祥)という僧が住んでいた。 幼くして比叡山に登り出家して、師について法華経を習おうとしたが、愚痴(グチ・本来は、「煩悩に惑わされて理非を悟らない…
毒蛇に襲われる ・ 今昔物語 ( 13 - 17 ) 今は昔、 雲浄(ウンジョウ・伝不祥)という持経者(ジキョウシャ・常に経を信奉し読誦する僧)がいた。若い時から長年にわたり、日夜に法華経を読誦し続けていた。 ある時、「諸国を廻って、あちらこちらの霊場を拝もう」と…
祈り続ける ・ 今昔物語 ( 13 - 18 ) 今は昔、 信濃の国に両目とも見えない僧がいた。名を妙昭(ミョウショウ・伝不祥)という。盲目(メシイ)ではあるが、日夜に法華経を読誦した。 さて、この妙昭が七月十五日(この日は夏安居が終わる日。四月十六日から三か月間…
瑞相が現れる ・ 今昔物語 ( 13 - 19 ) 今は昔、 平願(ビョウガン・伝不祥)持経者という僧がいた。書写山(ショシャヤマ・兵庫県)の性空(ショウクウ・・平安時代の僧。花山法王・和泉式部・藤原道長などと親交・帰依があった。)の弟子である。 聖人が亡くなった後も、…
むやみに罰してはならない ・ 今昔物語 ( 13 - 20 ) 今は昔、 石山寺(滋賀県大津市。観音霊場として著名。)に好尊(コウソン・伝不祥)聖人という僧がいた。若くして法華経を習い、日夜読誦していた。また、真言もよく学び、その行法(ギョウホウ・密教の修業)を…
不思議の数々 ・ 今昔物語 ( 13 - 21 ) 今は昔、 比叡の山に長円(チョウエン・伝不祥)という僧がいた。もとは、筑紫(ツクシ・筑前、筑後の両国。現在の福岡県。)の人である。幼くして生国を出て、比叡の山に登って出家して、法華経を習って、日夜読誦していた。 …
虻の子を育てる ・ 今昔物語 ( 13 - 22 ) 今は昔、 筑前の国に蓮照(レンショウ・伝不祥)という僧がいた。若い時から法華経を習っていた。昼夜に読誦して、他事に心を移すことがなかった。また、道心が深く、人を哀れむ心が広かった。 裸の人を見ると自分の衣を…
童子に護られる ・ 今昔物語 ( 13 - 23 ) 今は昔、 仏蓮(ブツレン・伝不詳)という聖人がいた。もとは安祥寺(アンショウジ・京都山科)の僧である。 幼い時から法華経を習って、昼夜に読誦して仏道を修行した。盛の年(サカリノトシ・壮年を指すか?)の頃に、越後の国古…
全国を行脚 ・ 今昔物語 ( 13 - 24 ) 今は昔、 世間で一宿の聖人と言われている僧がいた。名を行空(ギョウグウ・伝不祥)という。 若い時から法華経を習って、昼に六部、夜に六部、合わせて十二部誦することを欠かさなかった。出家した後、住所を定めず一所で…
長命を無病で ・ 今昔物語 ( 13 - 25 ) 今は昔、 周防の国大島の郡に基灯(キトウ・伝不詳)という聖人がいた。 若くして法華経を習い、日夜に読誦して身命を惜しまなかった。毎日、三十余部誦することを怠ることがなかった。 百四十余歳になっても、腰も曲がら…
前世の報いを覆す ・ 今昔物語 ( 13 - 26 ) 今は昔、 筑前の国にある府官(フカン・大宰府の官人)がいた。その妻は、にわかに両目が悪くなり、はっきりと見えなくなってしまった。そのため、女は常に涙を流して嘆き悲しむばかりであった。 ところが、ある時、…
権化と呼ばれた聖人 ・ 今昔物語 ( 13 - 27 ) 今は昔、 比叡の山に玄常(ゲンジョウ・伝不祥)という僧がいた。生れは京の人である。 幼くして比叡の山に登り、出家して師僧について仏道を習ったが、智恵が優れ広くその教義を習得した。また、法華経を習い受け…
白い蓮華 ・ 今昔物語 ( 13 - 28 ) 今は昔、 蓮長(レンチョウ・伝不詳)という僧がいた。桜井の長延聖人(伝不祥)の昔の修業仲間である。 若い時から法華経を習い、昼夜に読誦に勤め怠ることがなかった。また、金峰山(ミタケ)、熊野、長谷寺など諸々の霊験所に詣…
死してなお誦する ・ 今昔物語 ( 13 - 29 ) 今は昔、 比叡の山の西塔に明秀(ミョウジュ・伝不祥)という僧がいた。天台座主の暹賀僧都(センガソウズ・後に権僧正。第二十二代天台座主。)という人の弟子である。 幼くして山に登り出家して、師僧について法華経を習…
夢のお告げを頼みとする ・ 今昔物語 ( 13 - 30 ) 今は昔、 比叡の山の東塔に千手院という所がある。そこに広情(コウジョウ・伝不祥)という僧が住んでいた。 幼くして比叡山に登り、師僧について出家して、法華経を習い、その教義を悟り、常に読誦していた。ま…
最期は法華経に救われる ・ 今昔物語 ( 13 - 31 ) 今は昔、 備前の国に一人の沙弥(シャミ・まだ一人前でない僧)がいた。長年その国に居住していて、妻子を得て世を渡っていたが、どう思いついたものか、にわかに妻子を捨てて国を出て比叡山に登って戒を受けた…
ひたすら極楽を願う ・ 今昔物語 ( 13 - 32 ) 今は昔、 比叡の山の西塔(サイトウ)に法寿(ホウジュ・伝不祥)という僧がいた。京の人である。 天台座主の暹賀僧正(センガソウジョウ)の弟子にあたる。心正しくしてその行いは尊いものであった。 若くして比叡山に登って…
竜と僧の哀話 ・ 今昔物語 ( 13 - 33 ) 今は昔、 [ 意識的な欠字あり。天皇名が入るが不詳。]天皇の御代に、奈良の大安寺の南に竜苑寺(リュウエンジ・所在等未詳)という寺があった。 その寺に一人の僧が住んでいた。長年法華経を読誦していた。また、経の教義…
救われた道祖神 ・ 今昔物語 ( 13 - 34 ) 今は昔、 天王寺(四天王寺)に住む僧がいた。名を道公(ドウコウ・伝不祥)という。 長年、法華経を読誦して仏道を修業していた。常に熊野に参詣して、安居(アンゴ・僧が一定場所に集まって一定期間修業すること。日本…
冥途から蘇る ・ 今昔物語 ( 13 - 35 ) 今は昔、 源尊(ゲンソン・伝不祥)という僧がいた。幼い時から父母の手を離れ、法華経を習って昼夜に読誦していた。やがて、「そらで唱えよう」と思ったが、なかなか唱えることが出来なかった。そのうち、まだ若い盛りな…
浄土より返る ・ 今昔物語 ( 13 - 36 ) 今は昔、 加賀の前司(ゼンジ・前任の国司)源兼澄(ミナモトノカネズミ)という人がいた。その人に一人の娘がいた。生まれつき聡明で、若い時から仏道を心にかけて、法華経を習い、日夜に読誦して長年過ぎた。しかし、無量義経…
破戒僧といえども ・ 今昔物語 ( 13 - 37 ) 今は昔、 仁和寺の東に香隆寺(コウリュウジ・仁和寺の末寺の一院。現存していない。)という寺がある。その寺に、定修僧都(ジョウジュウソウズ・伝不祥)という人が住んでいた。その僧都の弟子に一人の僧がいた。 その僧は…
末世の霊験 ・ 今昔物語 ( 13 - 38 ) 今は昔、 左衛門の大夫(サエモンノダイブ・左衛門府の三等官)平正家(タイラノマサイエ・桓武平氏で従五位下。)という者がいた。信濃の国に所領を持っていて、常にその国に行き来していた。 ところで、正家が信濃の国に下っていた時…
二人の聖人 ・ 今昔物語 ( 13 - 39 ) 今は昔、 出雲の国に二人の聖人がいた。 一人は、華厳経を受持し奉っていた。名を法厳(ホウゴン・伝不祥)という。もう一人は、法華経を受持し奉っていた。名を蓮蔵(レンゾウ・伝不祥)という。 この二人の聖人は、共にもと…
瓢に米が満つ ・ 今昔物語 ( 13 - 40 ) 今は昔、 陸奥(ミチノオク/ムツ)の国に二人の僧がいた。 一人は、最勝王経(サイショウオウキョウ)を受持していて、名を光勝(コウショゥ・伝不祥)という。[ 欠文あり。他の資料などにより推定文を用いる。『 もと元興寺の僧である。も…
高慢心の罪 ・ 今昔物語 ( 13 - 41 ) 今は昔、 山寺に二人の聖人がいた。一人は、法華経を受持していて、名を持法(ジホウ・伝不祥)という。一人は、金剛般若経を受持していて、名を持金(ジコン・伝不祥。二人とも名前からして架空の人物らしい。)という。 こ…
愛着心の罪 ・ 今昔物語 ( 13 - 42 ) 今は昔、 京の東に六波羅蜜寺(ロクハラミツジ・現存している)という寺があった。 その寺に長年住んでいる僧がいた。名を講仙(コウゼン・伝不祥)と言う。 この寺は京の多くの人が講を行う所である。そして、この講仙はこの寺で…